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京楽焼「波涛文万年青鉢」               No.432

◆2012年2月1日、。   京楽焼「波涛文万年青鉢」

京楽焼「波涛文様万年青鉢」、。
きっちりとした台の作り、鉢ヘリの凛とした切れ味などから「短冊屋」製の万年青鉢だと思われます、。
雲取り風に加茂黒を塗り残し、簡素な色使いの波涛紋様を描いただけの一見質素な万年青鉢ですが、深い味わいがあります、。製作年代は、江戸幕末時代まで溯るかも知れません、。
鉢裏画像なども無いので、画像から判断できるのはその程度です、。
青海波のような波の描き方をし、その上部に波頭を立てるデザインは、京楽よりも東京の「手島鉢」に多く引き継がれ、用いられています、。



2012年 春蘭春季展示会ご案内
展示会はかならずしも日付の早い順に並んでませんので、ご注意ください、。


全国日本春蘭連合会 第41回春蘭展示大会
時:2012年3月17日・18日、。例年よりも早まっています。ご注意ください。
所:芝 弥生会館(東京都港区海岸1丁目)
「全春連」は今年2月「東京ドーム世界蘭展」にもディスプレー展示参加します、。

 

大阪東洋蘭会2012年春季展示会
時:2012年3月11日(1日限り)
所:兵庫県宝塚市山本 山本園芸流通センター
午前10時~午後2時展示、午後2時~午後4時交換会



箱根香蘭亭 中国春蘭最新花展
時:2012年2月10日~12日・2月17日~20日・2月24日~26日
所:箱根香蘭亭(神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷)
本年は「東京ドーム世界蘭展」には出展参加しません、。



北関東中国奥地蘭同好会 展示会
時:2012年2月25日26日
所:熊谷市緑化センター(埼玉県熊谷市宮町・市役所東)



中部蘭趣会 春蘭展示会
時:2012年3月8日9日10日11日
所:名古屋市 「ランの館」



芳華会 2012年中国蘭展示会
時:2012年2月7日~12日
所:神代植物公園(東京都調布市)



全日本東洋蘭 春季美術品評大会(全東連)
時:2012年3月18日・19日
所:東京蒲田 プラザアペア







# by evian_th | 2012-01-31 21:12 | 東洋蘭鉢・ラン鉢
春蘭展示会案内                    No.431

◆2012年1月、。   蓮弁しろばな白麗と今春の春蘭展示会案内


2012年 春蘭春季展示会ご案内←小さなエビアン。
「全国日本春蘭連合会展示会」と会期が重なった展示会は、ここに掲載できない事があります、。
展示会はかならずしも日付の早い順に並んでませんので、ご注意ください、。


全国日本春蘭連合会 第41回春蘭展示大会
時:2012年3月17日・18日、。例年よりも早まっています。ご注意ください。
所:芝 弥生会館(東京都港区海岸1丁目)
「全春連」は今年2月「東京ドーム世界蘭展」にもディスプレー展示参加します、。

 

大阪東洋蘭会2012年春季展示会
時:2012年3月11日(1日限り)
所:兵庫県宝塚市山本 山本園芸流通センター
午前10時~午後2時展示、午後2時~午後4時交換会



箱根香蘭亭 中国春蘭最新花展
時:2012年2月10日~12日・2月17日~20日・2月24日~26日
所:箱根香蘭亭(神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷)
本年は「東京ドーム世界蘭展」には出展参加しません、。



北関東中国奥地蘭同好会 展示会
時:2012年2月25日26日
所:熊谷市緑化センター(埼玉県熊谷市宮町・市役所東)



中部蘭趣会 春蘭展示会
時:2012年3月8日9日10日11日
所:名古屋市 「ランの館」



芳華会 2012年中国蘭展示会
時:2012年2月7日~12日
所:神代植物公園(東京都調布市)



全日本東洋蘭 春季美術品評大会(全東連)
時:2012年3月18日・19日
所:東京蒲田 プラザアペア




# by evian_th | 2012-01-14 12:19 | 東洋蘭春蘭展示会
京楽焼花菱繋紋万年青鉢                No.430

◆2012年1月、。   京楽焼花菱繋紋万年青鉢
本年も「植木鉢スレッド」をよろしくお願いします、。

◆京楽焼花菱繋紋万年青鉢、。(きょうらくやきはなびしつなぎもんおもとばち)
今から約150年前、明治初期の製造と思われる万年青鉢です、。
鉢の古さ自体は150年ですが、この一つの楽焼万年青鉢を完成させるには、その背景に「日本の陶磁器製造技術発展の歴史」があり、「絵付け文化の歴史」がある訳です、。
だからこそ、画像に見る鉢は単に150年前の鉢に留まらず、長い歴史の上に完成された時間の重みを感じるのです、。「京のみやび」を感じさせる華やかな中にも実に落ち着いた鉢ではありませんか、。

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◆「絵師」の歴史を辿ると、日本での絵師の始まりは、「日本書紀」の「雄略紀」7年の条に、百済から多くの技術者(手末の才伎・たなすえのてひと)が渡来し、その中に「画部因斯羅我」(えかきいんしらが)という人物が居り、この人物が日本の文献上では最古の「絵師」(画工)ということになっています、。(画部は後の世になって付けられた肩書きまたは職種、)、西暦475年~500年頃のことです、。その頃すでに中国で発達し、朝鮮半島で育てられた作画技術を持って来日し、奈良県明日香村に移住させ職人の育成をしたのです、。「朝廷絵所」(えしょ)の始まりです、。これ以来、日本での職種は多種に分かれ、それぞれの分野に「絵師」が生まれて行きます、。

始まりは割合明確なのですが、その後の「絵師」(画工)の歴史は曖昧で、歴史に名を残すような大物絵師が資料に出て来るのみです、。「雪舟等楊」「長谷川等伯」「尾形光琳」「俵屋宗達」そして「徳川に付いて江戸へ行った江戸狩野」「豊臣に付いて京都に残った京狩野」の絵師などです、。

江戸時代の中後期1750年~1800年近くになると、それまでの大名お抱え絵師などとは別に、「町衆文化」の発達と共に「町絵師」が出て来ますが、「絵屋」などに雇われて注文の絵を描いていたのです、。陶磁器絵師「陶画工」の誕生もこの頃のことだと思われます、。

偶然、読んでいた資料に、江戸後期(と幕末との境目)1850年ごろに、京都の陶画工「雀亭珍月」という人物が、請われて「姫路東山焼」(ひめじとうざんやき)を手伝うために仲間を連れて「陶工・仁阿弥道八」などと共に姫路へ行った・・・という記事を見つけました、。
ここに初めて幕末の陶画工の名前を見つけた訳です、。京都の資料からは出ず、「姫路焼」の方に出て来ました、。「雀亭珍月」は、その後京都へ戻り、明治初期~中期の頃までは京焼に絵付けをしたようです、。「仲間を連れて・・」と出て来ますから、江戸後期の京都には何人かの「陶画工」が居たことになります、。「楽焼絵師」も、これらの流れの人達だったのは、ほぼ間違いのないところです、。

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昨年2011年秋、千葉県のKさんから、信憑性の非常に高い筋からの情報として、「明治時代に楽徳さんという鉢屋さんがいたと聞いている、」という話を伝えてくれました、。
喜び勇んで調べると、確かに1861年(明治維新7年前、)に東山松原通り入るで開窯した「浮田楽徳」(うきたらくとく)という人物が居ました、。資料には「楽焼を焼いた、」と書いてあるだけなので、大した「茶器」は焼いていない筈、。「楽焼植木鉢」の窯だった可能性は大きく、前出の話と合わせると、時代も明治時代初期から中後期に活躍したと思われ、「京楽焼鉢」の窯元に「短冊屋窯」以外の窯として「楽徳窯」(らくとくかま)を加える事に疑問の余地もありません、。

「楽徳窯」のあった場所は、「短冊屋」さんの南1キロほどの祇園界隈、。祇園甲部歌舞練場の真南すぐ、祇園建仁寺の東南角の辺、現在は窯も住居もありませんが、陶芸の世界では同じような焼き物を焼く窯は特定の場所に集まるので、この点でも納得が行くのです、。

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明治時代の「京楽焼植木鉢」窯元には、「短冊屋」さん、「楽徳」さん、以外に、エビアンが持っている鉢を見ても、他に3つの窯元があったと思われます、。(「京薩摩焼」を含めると4つ)、。
◆今月の画像の鉢「京楽焼花菱繋紋万年青鉢」も、(短冊屋でも楽徳でもなく)その3窯の中の1つの窯の製品です、。厚みの薄いつば、太い胴、独特の形をした足、美しい作り、いずれ名人の作なんだろけど、この鉢を作った窯も分かりません、。他にも優秀な鉢絵付けをしている絵師の絵付けです、。「五柳寿運」との共通性を感じますが、その件はいずれまた・・、。
4寸5分ほどの大きさ、口径14センチなのに対して高さ11センチ、というズングリとした外見が重厚味を感じさせます、。仲介してくれる人が居て、千葉県のMさんの好意で風来記へ来た鉢、。
文様は、「七宝繋紋」の上部に「花菱繋紋」という伝統文様を忠実に踏襲してあり、その色使い、イッチン絵付け技術共に、日本の陶磁器歴史の技術の高さと落ち着きを感じさせる鉢に仕上がっています、。日本での1500年の絵付け歴史の後ろには、中国での5000年の歴史の時間の中で取捨選択された伝統の文様の素晴らしさがあると感じます、。素晴らしい、^^、。

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江戸後期・幕末から明治まで活躍した陶磁器絵師「雀亭珍月」を見付けたことと、明治時代に楽焼鉢「楽徳窯」があった事が判明した事は、大きな収穫でした、。バンザーイ、(^ー^)ノ♪。

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<追記>
では、エビアンは「京楽焼鉢」の内のどの鉢を「楽徳鉢」だと思うのか、という疑問に答えてませんでした、。
1861年から製作を始めたというのは、「短冊屋さん」が茶器から植木鉢にも手を広げた時期とほぼ同時期だと思えるのです、。
「京楽焼鉢」の銘品の中に比較的多く見られる鉢で、一見「短冊屋風」ですが、「窯出しの鋏み痕が足にある分、」「楽徳鉢」なのではないかと考えます、。
陶土は京土、。素焼き時点の焼成温度が「短冊屋窯」よりも低かったようで、短冊屋のような硬さが無く、土が気持ち柔らかな気がします、。縁の作りは短冊屋のような切れ味の鋭さは無いものの少し角張り、チョッと見に短冊屋に見えるほど、。内側へ落ち込む角は短冊屋ほどではないものの角張る、。鉢全体の作りはシッカリとしている、。「蘭鉢」も「万年青鉢」も製作していたが「蘭鉢」を比較的多く見る、。関西から西の九州方面まで広く残る、。一部関東のコレクターにも、。
こう書くと、楽焼鉢コレクターなら「あ~、あれか、」と直ぐに分かって頂ける鉢です、。あれが「楽徳鉢」だろうと直観しました、。絵付けは窯元絵付けを見たことはありません、。一流の「絵師」による「龍、」や「波に飛龍」や「伝統文様」が描かれた高級鉢が多いのです、。
この一群の鉢を「楽徳窯の鉢」だと(現時点では)思います、。
「古京楽」または「短冊屋」として売られていたと思います、。

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全国日本春蘭連合会 第41回春蘭展示大会
時:2012年3月17日・18日
所:芝 弥生会館(東京都港区海岸1丁目)
「全春連」は今年2月「東京ドーム世界蘭展」にもディスプレー展示参加します、。

 

大阪東洋蘭会2012年春季展示会
時:2012年3月11日(1日限り)
所:兵庫県宝塚市山本 山本園芸流通センター
午前10時~午後2時展示、午後2時~午後4時交換会



箱根香蘭亭 中国春蘭最新花展
時:2012年2月10日~12日・2月17日~20日・2月24日~26日
所:箱根香蘭亭(神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷)
本年は「東京ドーム世界蘭展」には出展参加しません、。



北関東中国奥地蘭同好会 展示会
時:2012年2月25日26日
所:熊谷市緑化センター(埼玉県熊谷市宮町・市役所東)









# by evian_th | 2012-01-02 23:00 | 東洋蘭鉢・ラン鉢
京楽焼万年青鉢                    No.430の2

# by evian_th | 2012-01-02 22:06 | 東洋蘭鉢・ラン鉢
新春!!!,、。                       No.429

◆2012年1月1日、。

本年も「東洋蘭風来記」をよろしくお願いします、。





# by evian_th | 2012-01-01 00:33 | 季節の話題・季節感
日本春蘭「綾の花」                No.428

◆2011年12月、。   日本春蘭「綾の花」(あやのはな)


画像は日本春蘭「綾の花」、。咲き始め千両の花、。ほぐれ始めはもっと丸いが、それも一瞬、平肩というよりも飛肩気味に咲き上がる、。しかし好みにもよるだろうが、日本春蘭中透花のトップ品種かも知れない、。奥地蘭のように葉が伸びる、。葉は中幅横広がりの黄色中透、。





# by evian_th | 2011-12-26 11:31 | 日本春蘭
東洋蘭鉢「か介鉢」                    No.427

◆2011年12月19日、。   東洋蘭「か介鉢」

江戸時代中後期の名工「奥田潁川」や「(初代)高橋道八」の門下に製陶技術を学んだ弟子格の名工に、江戸後期に多くの銘品を後の世に残すことになる「欽古堂亀佑」や「中川嘉助」や「青木木米」や「仁阿弥道八(二代目高橋道八)」他に「永楽保全」などの名工が世に出たことは以前の「偕楽園」スレッドに書きました、。

この中で、どうにも不明な陶工が一人居て、それが「中川嘉助」です、。
「中川嘉助」別名または号を「三文字屋」とも「楽只亭」(らくしてい)とも称しました、。

画像の鉢は40年ほど前に買った「か介鉢」、。
過去45年以上蘭界に居て、鉢を追いかけていた訳ではありませんが、蘭を追いかけている途中で「か介鉢」には7~8回出会ってます、。その内の5個を買い、阪神大震災後に2個を手放すも、現在も3個を所有してます、。昔は不思議に「か介鉢」に出会ったのでした、。

人から贈られた写真集に、この鉢の画像には「楽只亭か介」の鉢との説明書きが、。
え?、おいおい、そうなの?、。エビアンは45年以上も蘭を作ってて鉢も買うというので商人が鉢の出物に出会うと持ち込んで来たものだけど、「木米」にも「永楽」にも「偕楽園」にも「欽古堂」にも、一度も出会わなかったのに、「か介鉢」にだけ8回も出会ってるてのかな?、。
いずれも江戸後期1830年ごろに活躍した陶工で、植木鉢も製造したけど、なぜ「か介鉢」にだけ多く出会ってるのかな?、

本当に「か介」てのは「三文字屋嘉助(楽只亭嘉助)」のことなのかな?
「助」が落款の「介」とは違うんじゃないの?、て思うけど、その本には「嘉助の説明に”か介”とも、」称したと書いてある、。
江戸時代のそんな有名な陶工の作品に45年間で8回も出会い5回も購入できることなどあるものだろうか、。なぜ同時代の他の陶工の作品の売り品には出会わなかったのだろうか、というのが年末になっての悩ましい問題なのです、。


(こういう話題は奥部屋的話題なのですが、「鉢」のことでもあり風来記に掲載しました)、。





# by evian_th | 2011-12-19 01:26 | 東洋蘭鉢・ラン鉢
中国蘭「紫秀蘭素心」                  No.426

◆2011年12月、。   中国蘭「紫秀蘭の素心」

花の季節なのに今年は紫秀蘭の開花株がなく、商人さんから回してもらった紫秀蘭素心、。従って偉そうなことは言えない、。
紫秀蘭は芽も木も赤紫色の色素が強い分、性質には癖があるものなのに、「素心」の場合は緑一色なので他の紫秀蘭に比べると作り易く繁殖も良い(らしいです、。・゚・(。つ∀≦。)・゚・。)、愛好家が咲かせた株の花です、。

(1スレッドに多くの画像を掲載するため画質は相当落としています、見づらくてすみません)、。


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# by evian_th | 2011-12-13 01:52 | 中国蘭
紀州藩お庭焼き「偕楽園」鉢              No.425

◆2011年12月1日、。   紀州徳川藩お庭焼き「偕楽園」鉢

「楽焼鉢」ばかりで食傷気味な部分も出て来たでしょうし、また「楽焼鉢」を近視眼的に見てしまいがちな傾向になることを避けるために、和鉢全体像を見る目を(エビアン自身)養うために、今月は趣を変えて「偕楽園鉢」、。

江戸時代、各地大名は「茶の湯」「茶道具」に凝り、「茶道具」のコレクションに情熱を注ぎました、。
大名の中には、陶工を雇い入れて(主として)「茶道具」などの陶磁器を焼いた藩も出て来たほどです、。これを「お庭焼き」と呼びます、。その最も熱心だったのが紀州藩だったと言われています、。

紀州徳川藩お庭焼き「偕楽園」鉢、。
紀伊藩主十代徳川治宝(はるとみ)統治時代に西浜御殿の庭「偕楽園」で始まったお庭焼きを「偕楽園」(かいらくえん、偕楽園焼)と呼びます、。
製作期間については説により多少の誤差がありますが、1827年(文政10年)の少し前頃から始まり、殿様(治宝)が没する1852年(嘉永5年)頃までの約30年間の製作です、。

紀州藩で独自に陶工を養成したのではなく、各地の陶芸産地から名のある陶工を招請して製作と指導とに当たらせたようです、。
招請された陶工には、青木木米(あおきもくべい)、永楽保全(えいらくほうぜん、一説には長男の和全とも、)、仁阿弥道八(にんなみどうはち、初代高橋道八の子供)、楽家九代目了入、楽家十代目旦入、二代目弥助久楽(楽を焼いた)などそうそうたる面々、。また地元の「男山焼」の陶工も随時来窯したようです、。
これら陶工が自ら制作した茶器には「偕楽園製 仁阿弥造」などの銘書きが入ってますから、残念ながら「植木鉢」にはそういう品は少ない、か、存在しないかも知れません、。単に「偕楽園製」の落款のみです、。

製作期間が僅か30年間だったことと、なにしろ個性豊かな(陶工として)出来上がった陶工を呼んで作らせたので、「偕楽園」としてのオリジナリティーは強くは打ち出せなかったように感じます、。作品の傾向としては「永楽」の手法が主流であるようです、。
華麗な色調の交趾釉を掛けたものが多く、黄・紫・緑・紺・白色などの美しい色彩が特徴です、。

明治8年(1875年)になって「偕楽園焼」の復活を目指して「太田焼窯」が開かれましたが、これといった成果も残せず長続きはしなかったようです、。「偕楽園」の中に、チョッと「ん?、」と感じる作品があるのは、この時の作品かも知れません、。

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<以下、文献から引用>

紀州家お庭焼きは単に偕楽園焼というものではなく、順別して4つの窯に区分される、。
①西の丸御庭焼
②西浜御殿「偕楽園」お庭焼
③湊御殿清寧軒お庭焼き
④水軒養翆亭焼

◆「偕楽園御庭焼」は次の4種に分けることが出来る、。
①楽焼
②永楽焼
③道八焼
④その他

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青木木米、高橋道八、欽古堂亀佑(きんこどうきすけ)などは、京焼で初めて本格的な磁器を焼いた江戸中後期の名工・奥田潁川(おくだえいせん、1753~1811)が育てた弟子たちです、。

奥田潁川の祖先は、中国潁川県から長崎へ渡り京都で帰化し、代々豪商だったと伝えられる、。この家の5代目に当たる茂右衛門は名前を庸徳といい、潁川と号し、陸方山とも号した、。
50歳過ぎから趣味で製陶に専念し、中国風な青華白磁、色絵、交趾、古赤絵などを製作し、中でも「呉須赤絵」において本領を発揮した、。潁川の作品は売り品を目的としない自由な趣味の作風であった、。
その作風を慕って「欽古堂亀佑」「青木木米」「仁阿弥道八・周平兄弟」「三文字屋嘉助」といった陶工がその門に集まり潁川の陶法を吸収して京焼第二次黄金期の担い手として各自の陶技に磨きをかける母胎となった、。

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このように、「京焼」と「紀州御庭焼」とはお互いに助け合いながら両者は密接に関係し発展して行った訳です、。
「京焼の腕のいい陶工」が居なければ紀州御庭焼は無かったし、「紀州御庭焼」という活躍の場が無ければ江戸後期・幕末・明治の京焼の隆盛も無かったのです、。



◆戦国時代、織田信長は足利幕府の官領・細川晴元の執事・松永弾正久秀の所有する「平蜘蛛の茶釜」が欲しくて欲しくて堪らず、攻め滅ぼしてしまう、。弾正は「信長になぞ取られまいぞ、」と「平蜘蛛の茶釜」を鎖で体に巻きつけ、茶釜ごと爆死してしまったというエピソードもあります、。
信長が足利幕府を滅ぼしたのは、彼らが所有していた「茶器、」が欲しかったからだ、という説もあるほど、当時の「茶の湯・茶入れ、」に対する執着は凄いものがあったようです、。

                       (伊藤勝美氏所蔵、撮影は夢楽さん)



# by evian_th | 2011-12-01 01:49 | 東洋蘭鉢・ラン鉢
東洋蘭植木鉢                     No.424
# by evian_th | 2011-12-01 00:10 | 東洋蘭鉢・ラン鉢
中国蘭「金蛇狂舞」                  No.423

◆2011年11月、。   中国蘭「金蛇狂舞」 

奥地蘭人気の初めの頃、「蓮弁蘭の縞」てことで買った蘭、。
以来一向に花芽を付けなかったが、昨年になってバック木の1葉にスケがあるのを発見した、。なんだ朶々香じゃないか、てことで作りを変えたら花芽が来て、開花したのが画像の花、。まるで日本春蘭の様相、。中国蘭であることは間違いはないのだが、産地が韓国春蘭を産する河南省南部から湖北省北部近辺だったのだろう、。
派手柄になりたがるから、時々鉢中で入刀して地味柄を出させるようなテクニックを必要とする、。花型は平肩の大舌で捧心の抱えも良く花弁の紺縞の切れ味もいい、。縞黄花、。日本春蘭作りが良いだろうと思っている、。

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蘭遊楽座  柄物展
時:2011年12月3日
所:「大林寺」(東京都大田区大森中)

兵庫春蘭友の会 柄物展
時:2011年12月4日
所:相生園芸センター

杭州寒蘭展示会
時:2011年12月3日・4日
所:メッセウイングみえ
日本杭州寒蘭会







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# by evian_th | 2011-11-24 00:50 | 中国蘭
東洋蘭風来記・満7年                No.422

◆2011年11月、。   東洋蘭風来記・満7年

◆「東洋蘭風来記」、おかげさまで満7年、。

余剰苗ご常連さんやBBSご常連の皆さん、それから名もなき御訪問者さん、多くの皆さんのご訪問に支えられて、おかげさまで満7年を迎えました、。

これからも東洋蘭界の楽しい話題や流行の傾向など、できるだけ多くを書いて行くつもりです、。今後とも、何卒よろしくお願いします、。


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蘭遊楽座  柄物展
時:2011年12月3日
所:「大林寺」(東京都大田区大森中)

兵庫春蘭友の会 柄物展
時:2011年12月4日
所:相生園芸センター

杭州寒蘭展示会
時:2011年12月3日・4日
所:メッセウイングみえ
日本杭州寒蘭会





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# by evian_th | 2011-11-15 00:23 | 東洋蘭
東京楽焼鉢「福富京楽堂」               No.421

◆2011年11月1日、。   東京楽焼鉢「福富京楽堂鉢」

東京楽焼鉢「福富京楽堂蘭鉢」、。
明治時代中期から後期へかけての30年間前後、東京市本郷区上駒込で開窯し、カタログ販売まで手広く楽焼鉢を商っていた「福富京楽堂」の蘭鉢です、。大正時代中ごろに開窯した「錦園堂・手島揫二鉢」に取って代わられるまでの東京での楽焼鉢市場を独占していた模様です、。

「京楽焼」の、特に「短冊屋」から多くを学んだ様子で、その製品は「京楽焼」の特徴をかなり具えます、。この点は、東京で独自デザインを開拓して行った「錦園堂・手島鉢」とは異なるところです、。特に「台となる鉢の造り、」は一見すると京楽焼かと思わせるほどですが、京楽焼にはあって東京楽焼にはない制作上の特徴があります、。(このことは、いずれの機会に、)、。

絵付けは窯元絵付けだけだと(現在の所)思われますが、文様のデザインは多種に及び、京楽焼と共通するデザインも製作しました、。白色や黒色イッチン絵付けの唐草紋鉢などは京楽鉢と混同するほど見分けは困難なものも多いのです、。

「足の形」は特徴的で、長く大きく、シッカリとした作りになっています、。この足だけを見て「京楽焼の短冊屋鉢」と混同される場合も多いのですが、下スレNo.420に画像を掲載して比較しているように、「短冊屋の足の作り、」は案外小さく先が細くなったものが多いのです、。鉢裏側から足を見ると両者の違いはかなり判断が可能です、。

「鉢ヘリ」には短冊屋に見られる「直線的・鋭角的」な切れ味の鋭さはなく、丸味を帯びます、。

画像の鉢は、「雲取り」状に加茂黒釉薬を厚めに掛け流し、白胴には「観世水(または流水)」に「もみじ」や「桜花」を浮かべた上品な文様になっていますが、デザインや色使いの奇抜さは、伝統に縛られた「京都」には存在しない「東京」の自由さを感じるのです、。ま~、窯元絵付けは京都でもかなり奇抜な絵付けも存在しますが・・、。

「福富京楽堂」の鉢は、静岡県東海地方から東、北関東方面まで広くに比較的多く残っています、。

明治中後期の作品、。(飛田邦之氏蔵)



# by evian_th | 2011-10-31 15:18 | 東洋蘭鉢・ラン鉢
京楽焼鉢短冊屋と東京楽焼鉢             No.420

◆2011年11月1日、。   京楽焼短冊屋と東京楽焼鉢
# by evian_th | 2011-10-31 15:07 | 東洋蘭鉢・ラン鉢
中国蘭一茎九華「老染字」              No.419

◆2011年10月、。   中国蘭一茎九華「老染字」

好きな「老染字」なのに、今春開花分を掲載してなかった、。遅れ馳せながら掲載しとこ、。



第30回 春蘭秋季全国展示大会
時:2011年11月5日・6日
所:東京 「芝 弥生会館」大広間、(東京都港区海岸1-10-27)
主催:全春連



蘭遊楽座 柄物展
時:2011年12月3日
所:東京・大森「大林寺」


岡本蘭舎 寒蘭展示即売会
時:2011年10月25日~12月11日
所:岡本蘭舎(三重県名張市つつじヶ丘)



# by evian_th | 2011-10-26 00:56 | 九花(九華)中国蘭
奥地蘭「豆弁蘭・黄花A5号」              No.418

◆2011年10月、。   奥地蘭「豆弁蘭黄花A5号」

風来記オリジナル豆弁蘭の「黄花A5号」、。
初めの頃は「豆弁蘭黄花」てことで余剰苗したりしたのだけど、豆弁蘭の大体が分かって来ると、黄花といっても橙色を含む朱金ぽいし、今ハゼ(天冴え)だし、後ハゼが多い豆弁蘭にあって、こういうの結構貴重品じゃないの、て思うようになって来た、。
開花から40日間ほど放置すると、こういうのはどんな風に花色が冴えて来るのかを確かめたいと思うようになってるのだが、今年は豆弁蘭の花着きが悪く確かめられない、。
最近、中国からの輸入品を見ても大部分は後ハゼだから、以前からの品種を見直す必要があると思い始めている、。咲き始めでも画像のように発色するのだから、30~40日間放置するとどういう風なことになるんだろなぁ、と興味は尽きない、。




第24回 全日本東洋蘭秋季美術品評大会
時:2011年10月22日・23日
所:東京・蒲田「プラザ・アペア」2階
主催:全東連



第30回 春蘭秋季全国展示大会
時:2011年11月5日・6日
所:東京 「芝 弥生会館」大広間、(東京都港区海岸1-10-27)
主催:全春連



蘭遊楽座 柄物展
時:2011年12月3日
所:東京・大森「大林寺」


岡本蘭舎 寒蘭展示即売会
時:2011年10月25日~12月11日
所:岡本蘭舎(三重県名張市つつじヶ丘)



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# by evian_th | 2011-10-20 10:27 | 奥地蘭
韓国春蘭「四天王」その2               No.417

◆2011年10月、。   韓国春蘭「四天王」その2

韓国春蘭「四天王」、棚入れ時の画像、。前スレの続き、。

新潟の蘭商・石綿一二三氏が千葉県の秋坂会長に3回に渡って棚入れした時の「四天王」画像、。(本当は4回だったそうだが、最後に買った小さな2本立ちは枯らしたそうだ)、。
石綿の最晩年に秋坂氏を見込んで合計約1000万で売り込んだのが上に掲載の3鉢、。3本立ち・2本立ち・2本立ちだった、。今から見ると初めは随分派手柄だったように見えます、。これが1995年のことです、。

石綿氏が亡くなる前日、平成8年2月7日に秋坂会長は上の写真から1作した「四天王」(当時はまだ無名)の2鉢を携えて病院に石綿氏を見舞ったそうです、。作を掛けられた「四天王」を見た石綿氏は大いに喜んだといいます、。
その時の石綿氏が話したことには「この蘭は芽の500まで持って行きたいのだ、」そして「名前は金玉満堂と命名したいと考えている、」というものでした、。あ~、これで「四天王」が登場当時「あれは金玉満堂だ、」という噂話の出所がわかりました、。石綿氏が周辺に上記の話を漏らしていた所から出た噂だったに違いありません、。
秋坂氏は「金玉満堂」なんてヘンテコリンな名前は嫌だな、と思ったといいます、。直後に石綿氏が亡くなったので、この時点で秋坂氏が「四天王」と命名したものです、。

「四天王」の名は大阪の「四天王寺」から拝借、。秋坂氏は「どういう訳だか関西方面に魅かれる、」と言って、自分の命名蘭には関西地方に縁のある名前を付けたいのだそう、。
「舞子」は京都から、「飛鳥」は奈良からの思い付きで命名したのだそうです、。「俺の先祖は関西かも知れない、」なんて言ってます、。・゚・(。つ∀≦。)・゚・。

秋坂氏が石綿氏から「四天王」全株を買い取ったのを知った暁華園・小石盛和さんが「この蘭は以前から目を付けていた、。登録の権利付きで全株を4000万で譲ってもらえないか、」と言って来たけど、石綿との「芽の500万」の約束が果たせてないので断り、2000年の展示会の時に、上中木2本1000万、小木(エビアンも見たけど、3センチほどの3枚葉)3本600万で上中木は小石さんが、小木は娘さんが其々購入したのです、。秋坂氏も石綿氏の遺志を実現できたわけです、。

銘蘭「四天王」登場時のエピソードを掲載しておきます、。(画像は、ネットや書籍を含めて本邦初公開)




第24回 全日本東洋蘭秋季美術品評大会
時:2011年10月22日・23日
所:東京・蒲田「プラザ・アペア」2階
主催:全東連



第30回 春蘭秋季全国展示大会
時:2011年11月5日・6日
所:東京 「芝 弥生会館」大広間、(東京都港区海岸1-10-27)
主催:全春連







# by evian_th | 2011-10-14 23:13 | 韓国春蘭
韓国春蘭「四天王」                  No.416

◆2011年10月、。   四天王  

韓国春蘭「四天王」、。
「四天王」は新潟の蘭商・石綿一二三氏(平成8年2月8日没)が同氏の最晩年に千葉県の大棚、現・全国日本春蘭連合会会長・秋坂信行氏の棚へ3度に渡って全株を納めた銘蘭です、。
当初は、系統から辿った商人たちが「四天王というのは金剛宝と同じ蘭だ、」「金玉満堂と同じ蘭だ、」という噂を流したのですが、1999年(平成11年3月)の東京八王子子安会館で開催された全国日本春蘭連合会展示会に、秋坂さんの手によって作を掛けられた5本上木・3本中木・2本小木の3鉢が展示され、その柄行きの素晴らしさによって「四天王」は実力でそれらの噂を消し去ったのでした、。

この展示会の折り、正面展示棚に参考出品された「四天王・上木5本立ち、」を見たエビアンは、「この蘭は出世する、」と直感したので、同行の者に「いずれ入手したいと思うから、絶対に指さしたりせずに目の前の中透物を見ておくように、」て言ったのです、。素知らぬ振りして見ていたつもりでしたが、この様子を展示棚右手遠くから見ていたらしい当時・全春連理事長の埼玉川越の中村斎さん(平成16年(2004年)2月23日没)が飛んで来て、「エビアンさん四天王要るの?、」と言いつつ展示棚の「四天王」の前木2本の所へ手を差し込んで「そうだなぁ、ここ2本で500万、いやAの事だから600て言うかなぁ、」と言うのです、。「いやいや、とても手が出る蘭じゃないから、」てことで早々に会場を後にし、夜の宴会を楽しみました、。

翌朝、ホテルの部屋から会場へ入ろうとすると、会場入り口の椅子に野田谷君が座っていて、エビアンを見るなり「エビアンさん、四天王を買うって言った?、」と聞くので、「おいおいとんでもないよ、」とエビアン、。「いや、エビアンさんが四天王を買うて噂が走ってるよ、会場の皆な 知ってるよ、」と言うのです、。ま、その場は何とか過ぎたものの、結局、同年11月に「四天王・バック吹き中上木2本」が入棚することになりました、。逃げられないようにされた、。・゚・(。つ∀≦。)・゚・。、これを買う時の下取りに「日本一大きい金閣宝4本」が200万で出て行き、「四天王」は金閣宝と何かもう一鉢に追い銭190万の合計立ち値450万でした、。この「金閣宝」は1週間後に中村斎さんへ350万で入り、直後に盗難に遭うのですが、この話は奥部屋に書いたとおりです、。

翌年、2000年3月の連合会展示会の折り、当時の佐藤力連合会長・会長代行の千葉の渡辺明夫氏とエビアンとの3人で相談し、「四天王の会」を作り管理して行くこと、3人が発起人になることを申し合わせたのでした、。この2000年3月の展示会場では「四天王」2本1000万、小木3本600万で小石盛和氏親娘が買い入れ手打ちされて、以後「四天王」は有名になって行ったのです、。展示会直後には2本1200万、3本1800万という手打ちもあったようです、。2000年(平成12年)というのは紅花「小春」が初展示された年でもあります、。

2000年9月25日には東京・椿山荘中庭別室を借り切って「四天王の会」の会合が開かれ、「四天王」の持ち主が集まったのです、。秋坂氏の他には、佐藤力連合会長、渡辺明夫会長代行、藤田一孝理事長、佐々木幹事長、蘭万園有賀二朗氏、水戸の外岡氏、暁華園小石盛和親娘、月刊東洋蘭田中儀一氏、それとエビアンでした、。


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「四天王の会」、2000年9月25日、。椿山荘、。(中央モザはエビアン)


連合会の夏季研修会でのスナップ、。左端でVサインしてるのが中村斎さん、。その隣は佐藤連合会長、藤田一孝理事長、。右端のエビアンは消しました、^^、。(何が嫌いと言って、自分の顔を鏡や写真で見るのが一番キライ、)、。石和温泉で、。 





# by evian_th | 2011-10-11 15:02 | 韓国春蘭
楽焼東洋蘭鉢                     No.415

◆2011年10月1日、。   楽焼東洋蘭鉢

京楽焼七宝繋紋蘭鉢、。
今月ご紹介する鉢も、非常に上品な感じを受ける楽焼蘭鉢です、。秋の雰囲気が感じられる気がして、。
「丸模様」をバツ印(X印)方向に重ねて描き、重なり部分に絵付けをするか別な色を乗せる事によって描かれる模様です、。同一の文様が連続して描かれる事によって全体で一つの文様に見えるようにすることを「繋ぎ」と呼びます、。「七宝紋」の「繋ぎ」なので「七宝繋紋」です、。
明治初期~中期の京楽焼、。鉢底画像も無いので、これ以上は判断不能です、。

◆参考スレッド、「楽焼鉢の顔料」、。スレッドNo.378、(クリック)


大阪東洋蘭会秋季展示会
時:2011年10月16日(第3日曜)一日限り
所:山本園芸流通センター(兵庫県宝塚市山本、阪急宝塚線山本駅下車北西徒歩10分)
展示:午前11時~午後2時まで、。午後2時から交換会
広い無料駐車場あり、。



第24回 全日本東洋蘭秋季美術品評大会
時:2011年10月22日・23日
所:東京・蒲田「プラザ・アペア」2階
主催:全東連



第30回 春蘭秋季全国展示大会
時:2011年11月5日・6日
所:東京 「芝 弥生会館」大広間、(東京都港区海岸1-10-27)
主催:全春連




# by evian_th | 2011-10-01 00:22 | 東洋蘭鉢・ラン鉢
東洋蘭「京楽焼蘭鉢」                  No.414

◆2011年10月1日、。   京楽焼東洋蘭鉢

「植木鉢スレッド」を2つ連続で立てる目的で、top画面画像を使ってまず初めのスレ立て、。全ては新機能のテストのために・・・、。

# by evian_th | 2011-10-01 00:18 | 東洋蘭鉢・ラン鉢
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