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東洋蘭鉢の釉薬など                  No.278
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◆2009年5月、。     東洋蘭に使われる釉薬・原石

◆「シルクロード」は絹織物を運ぶのに使われたところから「丝绸之路」と書きますが、それより昔は「ホータンの玉、」を運んだ道で、河南省洛陽市からシリアのアンティオキアまで数種類のルートで通じていました、。この道を使って地中海方面からの帰路、ペルシャから持ち帰ったものの一つに「呉須、」顔料があります、。14世紀から数百年は「ペルシャ呉須」を使ったようです、。
天然の「呉須」酸化コバルト土と長石にマンガンなどを含みますから、あの緑色を含んだような深い青色が焼成によって出るのです、。17世紀初頭に浙江省産の「呉須」が使われ始め、日本へも入るようになります、。九州有田焼きが作られ始めた頃と一致します、。「呉須釉薬」は主として磁器の絵付けに使われます、。1800年代初めにヨーロッパから入り始めた「合成呉須」は化学薬品の酸化コバルトで、色は明るく青色の強いものです、。明治期には瀬戸尾張で「合成呉須」を使った植木鉢を始め生活雑貨が大量に作られるようになって行きます、。「呉須」原料は土から染み出すものですが、手に入りませんでした、。上段左はお茶に溶いた液体の画像です、。右は1610年~1650年頃までに作られた「初期伊万里焼」、最初の頃は色が薄く、後に様々な濃さの呉須が使われるようになります、。「合成呉須」は「べんがら青」と呼ばれ、幕末の頃の浮世絵にも使用されています、。

◆同じような青色釉薬でも「瑠璃釉」というのは、アフガニスタン産「ラピスラズリ」から抽出した釉薬または顔料で、アルミニウムとナトリウムの珪酸塩と硫化物を含み、ウルトラマリンと呼ばれます、。6~7世紀アフガニスタンの寺院の洞窟画や中国キジル石窟画に使用されているのをヨーロッパ人が見つけ、イタリアルネサンス期にはミケランジェロが礼拝堂の天井画に使ったりしましたが、非常に高価な顔料だったため、キリストかマリアの衣装など極く一部にのみ使用したようです、。「ウルトラマリン顔料」があまりに高価なので、下地には安い顔料「アズライト、」を使用したようです、。
シルクロードを通ってアフガニスタンから「ラピスラズリ」が中国へ入り、「瑠璃釉薬」として使用され、日本へは17世紀初めに入り、主として、陶器の釉薬として使われます、。「呉須」と同じ時期に入って来た訳です、。
画像下左は「ラピスラズリ原石」、黄鉄鉱を含みます、。これの分離が難しく、ウルトラマリン顔料(瑠璃顔料)は(総重量の)2~3%しか採れないようです、。下段右は「アズライト原石」で、緑色の蛍石を含みます、。(ラピスの入手にはBBS駄々香ちゃんのお世話になった、感謝)、。

◆画像中段は、「京楽焼き加茂黒釉薬」原料の加茂川石と、それを粉にした「加茂川石粉、」です、。透明釉薬に溶いてお茶碗や鉢に塗り、低温度焼成すると酸化還元反応とかで、あの黒色の楽焼になります、。
加茂川石粉と瑠璃顔料とは、同じ釉薬で溶くのではないかと思いますが、はっきりとは知りません、。日本や中国でいう「瑠璃釉」の顔料が「ラピスラズリ」だけかどうかは不明です、。アズライトが混ぜてあったかも知れません、。アズライト顔料は艶の無い浅い青色になります、。ルネサンス時代の天井画の「空、」を描くのに使用されているのがアズライトだと思います、。ラピスラズリ顔料は金(GOLD)よりも高価だったようです、。(果たして楽焼万年青鉢に使用できたかどうか、アズライトを混ぜてあったのではないか、と思うのです)、。
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◆「呉須」も「ラピスラズリ」も「アズライト」も現在ではアフリカ、主としてコンゴ産のものが使われています、。
by evian_th | 2009-05-22 02:07 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
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