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元祖「京楽焼七々子鉢」                 No.342
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◆2010年5月1日、。   元祖「七々子鉢」(魚の子鉢)を発見!!!,、。

およそ1年前、2009年6月の「風来記ページ」や「風来記奥部屋」に掲載の「七々子鉢」文様の由来記事の時には、飛田さんコレクションの「七々子鉢の元祖」とも呼べる文様の鉢画像を掲載しての説明でした、。2010年4月(先月だけど、)に、その時の画像を覚えていてくれた商人さんから「あの七々子古鉢の元祖の鉢を見つけた、」と連絡があり、驚いて入手かたを依頼したのでした、。後日、商人さん親子が行って買い出してくれたのが画像の鉢です、。(風来記所蔵、外の直径14センチ、高さ11.5センチ、4寸5分鉢、)

「七々子鉢」の語源については2009年6月の記事をご覧頂くとして一応「東洋蘭風来記奥部屋スレッドNo.622]の記事から必要部分を抜粋して下に書きます、。
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昨日の「九花語源」に続いて、もう一つ、。「七々子文様の語源」について・・・出版社の編集子の言葉がキッカケで調べると、こちらは実は明確で、「魚子」「魚々子」「七子」「七々子」(読みは全部”ななこ”)、いずれも正しく、「彫金技法の一つ」が語源になっている、。
先端が小さな輪状の刃になった鏨(たがね)を打ち込み、金属表面に魚の卵のような小さな円紋を密に置かれたように見せる技、のことを「魚(な)の子」文様と呼ぶ、。奈良時代にペルシャから中国経由で日本に伝わったらしいから、これが語源だろう思う、。
陶芸分野では、素地中の空気が過焼成で膨張して気泡が釉薬中に侵入し、魚の卵のように無数の小泡となった文様の事を言うそうだ、。
彫金が先に有りき、で、陶芸に言葉が応用され、楽焼鉢ではこれをイッチンで鉢表面に文様として表現したものだろう、。

魚(な)の子(なのこ)が語源だった訳だけど、エビアンの想像が入り込む余地も無い程に明確で、ちっとも面白くなかった、。
「なのこ」が「ななこ」に変じ、数字の「七」を当てられたに過ぎない、。強引に言うなら、「沢山」の意味を表わすのに「七」が用いられた訳だ、。昨日の中国での「九」と同じようなもんだ、。
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◆今月トップ画像と上に掲載の画像の鉢は、この「彫金技法」から楽焼き鉢に取り入れられた最初の「魚の子文様鉢、」そのものだろうと思います、。「横ハート型」に描き、「ハートの中に金星3個、」を描いたのが始まりで、その後、イッチン絵付けが少しずつ簡素化されて現在に至っているものと思われます、。

「七々子鉢」の文様は、明治10年前後出版の本には記載(または挿絵)が見当たらず、大正時代には鉢の出版物が見当たらず、昭和2年頃の出版物に至って、突然「かなり簡素化された文様、」の写真が掲載されるのです、。この事と、植木鉢の製法(轆轤引き痕、)や鉢自体のデザインや土目とから、明治の中・後期に楽焼き鉢に導入された文様だと推測します、。

下画像は1番上が「魚の子鉢」の元祖、資料からは、明治時代の中~後期だと(現時点では)思っています、。
2枚目は大正時代の初期に極く少数だけ製作されたと思われる文様、。
3枚目は昭和初期の短冊屋製の鉢に描かれた「七々子鉢」文様、。
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by evian_th | 2010-05-01 01:50 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
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