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石斛鉢                           No.483
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◆2013年8月21日、。   「石斛鉢」


以前「万年青鉢」としてご紹介した鉢です、。資料から見て腑に落ちない部分があったのですが、江戸後期ー幕末ー明治へかけて、一部上流階級に「石斛」の人気があったらしく、画像3枚目に掲載の絵(1837年製作図)を見る機会があり、「石斛鉢」と判明した次第です、。この形の鉢を「万年青鉢」ではなく「石斛鉢」として訂正しておきます、。


掲載画像の鉢は「浮田楽徳鉢」、。以前「万年青鉢」としてご紹介した時には、「楽徳窯」には別個に純然とした「万年青鉢」が存在しますので、この鉢を合点が行かないまま「別窯の万年青鉢であろう」と思ってしまったのです、。
しかし、どう見ても鉢の特長から「楽徳鉢」であることに間違いはなく、「楽徳窯に2種類の万年青鉢」が存在することに結論付けができずに悩んでいたのでした、。


1835年ごろから京都の公家を中心に高級な趣味として「石斛」が作られていたことを知り、図を見るに至って、ようやく「石斛鉢」ということで腑に落ちたのでした、。江戸後期~幕末には地味な黒鉢や極く簡単な絵付け鉢を使用していたものが、明治に入り「石斛」の栽培が町衆にも広まるにつれて鉢の方も豪華な絵付けを施した物が使用されるようにと変化して行ったものでしょう、。


これで「古典の楽焼鉢、」に「蘭鉢」「万年青鉢」「石斛鉢」「紫金牛鉢」「風蘭鉢」それと一部「仙人掌鉢」というラインアップが出揃った訳です、。誠に目出度い、。

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今回この「石斛鉢」の形を見て、江戸後期1835年頃には既に現在の「万年青鉢」や上掲の「石斛鉢」は完成していたことになります、。
今まで風来記では「万年青鉢」が今の形になったのは「江戸幕末1853年~1867年」として来ましたが、「楽焼万年青鉢」の完成は、それより30年~50年間も遡る(逆上る)ことになります、。
今後は、その事を踏まえて記事を進めたいと考えます、。

この事によって、西暦1800年代(江戸後期~幕末~明治初期)の楽焼鉢のグレーゾーンが広がってしまい、境目を見極めにくくなりました、。商人さんにとっては楽しく、エビアンにとっては宿題が増えることになりました、。

しかし何だねぇ~、。もうこれ以上は資料も出て来ないか、新発見は無いか、と思ったら、出て来るものですねぇ~、。

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この「石斛鉢」の件は、京都の園芸研究家・丸山健氏との話の中で「江戸後期にお公家さんの間で流行った石斛の鉢が見当たらない、」と言ったことと、現在東京で開かれている「江戸東京博物館の花開く江戸の園芸」展の展示物とから閃いたのです、。ほぼ間違いのないところです、。
丸山氏からは他にも「京楽焼窯元」に関する情報も得ていますので、次回にでも掲載します、。
by evian_th | 2013-08-26 20:06 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
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