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京楽焼3番目の窯「大虎窯」              No.484
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◆2013年8月25日、。   京楽焼鉢3番目の窯「大虎」


前スレの文中、丸山氏との会話の中で「京楽鉢の窯元として”大虎”という窯があった」という話を聞いた、。出所は短冊屋さんのようだ、。「大虎窯」の場所は?と聞くと南禅寺の南・八坂神社の南とかという、。祇園界隈なので、これは”当たり”かも知れないなと感じ、早速資料を見てみるのだが「大虎」なんて窯は出て来ない、。
「大虎」(おおとら)という名前からして窯元の名前だったとも思えないから、「○○窯、通称・大虎」かも知れない、。人名でもなさそうだし屋号でもなさそうだし、。あ~「大野虎吉、通称大虎」てなら有りかもな~、。ともかく現時点では「大虎」(おおとら)と呼ばれる窯が楽焼鉢を焼いていた、としか分からない、。位置的には短冊屋と楽徳窯との中間あたりだ、。
今後の参考にして、一応頭の中に留め置くことにしようかな、。こういうのは意地になって探しても出て来ない、。何かのタイミングでヒョイッと話が前進するものだというのは経験的に分かる、。

以前「浮田楽徳窯」の名前が判明した時に、誰かに「もうこれ以上は京都での窯元の名前が判明することは無いでしょう、」と話した記憶がある、。違った、。根気よく一つ事に集中していれば道が開ける事もあるのだ、。諦めたら終わりだなぁ~、。

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画像の鉢は、以前から「万年青鉢」として奥部屋で使用している鉢なのだが、この鉢なんかも万年青鉢に限りなく近いけど「石斛鉢」だったかも知れない、。何となく作りが華奢(きゃしゃ)なのだ、。ヘリの肉厚が薄い、。どことなく華奢な印象を受ける、。万年青鉢の方がガッチリしている、。
万年青鉢に混ざって華奢な分は石斛鉢だったかも知れないね、。もっと寸胴なら判断し易かったのに、。


画像の鉢はまた、「大虎窯」かも知れない、。
「京都」「三河」「東京」と見ると、「京都」であることは間違いない、。が、「短冊屋」ではなく「楽徳鉢」でもない、。どちらかというと「楽徳鉢」にかなり似ている、。「窯出しの鋏み痕」が見当たらない、。胴にも足にも底穴にもヘリにもどこにも無い、。画像の鉢はヘリが割れたのを膠と漆で繕ってあるのだが、その繕い時に鋏み痕が消えたとも思えない、。

足が大きく、中央部で尖るように盛り上がっている、。2枚目画像でも分かるように左右の足の形も大きさも違っている、。かなりアバウトな性格の人だったようだ、。
絵付けは「一柳」に似ているが、これも一柳本人ではない、。一柳近辺の絵師、。
一柳の描く「龍図」よりも空間が多い、。一柳はこんなに余白(余黒?)を残さない、。龍を描く時はたいてい龍の下に大波模様を描く筈だ、。この鉢のようなキッチリとした「瑞雲」は描かない、。瑞雲に使ってあるような色の顔料を一柳はあまり使わない、。龍の周囲に「火炎」が飛んでいるが、こういうデザイン構図も一柳らしくない、。足は金泥の無地だけど「五柳」はこういうことをしたけど「一柳」にはほとんど見ない、。大概は金泥で雲形や太陽のような菊の花のような模様を描いてあることが多い、。
鉢は楽徳に似て楽徳にあらず、絵付けは一柳に似て一柳にあらず、。困った、。


こういう風に「京都の楽焼鉢」ではあるが「短冊屋」ではなく「楽徳」でもない鉢を、とりあえず「大虎窯」(大虎鉢)または「大虎系」とでも分類しとこうかな、。

前スレNO.483と今回のスレとは、「古典の京楽鉢」の分野に「石斛鉢」が加わったことと、第3番目の窯元として「大虎窯」が加わったことで、2つのスレでワンセットです、。
by evian_th | 2013-08-26 20:13 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
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