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楽焼風蘭鉢                          No.540
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◆2015年7月、。   楽焼鉢・風蘭鉢


◆東洋蘭鉢「風蘭鉢」(富貴蘭鉢)

東洋蘭風来記がトップ画面に「蘭鉢」の写真を使用し、この風来記ページに「東洋蘭の植木鉢」の記事を書き始めてから既に10年半を超える時間が経つのですが、「楽焼・風蘭鉢」を取り上げるのは、今回が初めてのことです、。
今まで掲載しなかった理由の内の最大のものは、「風蘭鉢という専用鉢が何時の時代から作られ始めたのか、」が明確ではなかったからという理由です、。

*注:違いましたですね、。昨年2014年12月20日、スレッドNo.528に「富貴蘭鉢」のことを書いていました、。今回の「風蘭鉢は紫金牛鉢の形の変化形」だということを書いてました、。訂正します、。すみません、。


「風蘭」は着生ランであって、栽培鉢も飾り鉢もその植生から発生したものではないところが「風蘭専用鉢」の必要性を無くして来たのだと思われます、。「蘭鉢」や「万年青鉢」が、その腐り易い根の性質を考慮しながら、昔から在った「楽焼植木鉢」の形を小さくしたり細くしたりと工夫を凝らした結果として栽培に最も適した形に行き付いた事とは、この点に於いて大きく違っています、。



(専門外なので詳しくは知りませんが) 「風蘭栽培の歴史」は、江戸時代、11代将軍徳川家斉(とくがわいえなり、天明7年(1787年)~天保8年(1837年))ごろに人気が高まり、明治15年前後と昭和初期とにも人気が高まり、平成時代に入ってからの現在の人気に繋がっています、。*注:将軍家斉は風蘭を非常に愛玩したので、各地大名は風蘭の変化物を探し出しては競って将軍に献上した、。

「風蘭鉢」は江戸時代から明治時代には下に掲載の画像の「赤土瑠璃釉浮彫六角鉢」が主として用いられ、明治時代後期辺りからは楽焼鉢窯元で生産された「紫金牛鉢」(こうじばちを代用して来たもようです、。
「紫金牛鉢」では背が高過ぎると感じた旦那さんは窯元に「高さを縮めた紫金牛鉢」を個人的に注文した結果が今日に残る「古典の楽焼・風蘭鉢」なのだろうと思います、。ですから「古典風蘭鉢」は形が一定せず、高さはまちまち、形も胴体部分が膨らんだ袋式のもの、「鉢縁下」から曲線を描くように底部へ向かってすぼむ擂り鉢状のもの、「鉢縁下」から一旦直線状に垂直に下りて来て腰部分から丸みを帯びて底部へすぼまる鍋型のもの、など様々な形があり一定しません、。

◆「風蘭」は柄物が主体で、葉の柄模様を鑑賞するために鑑賞者は斜め上方から見下ろす姿勢で観賞するので、「背の低い楽焼・風蘭鉢」では胴部分の絵付けが鑑賞者には見えず、鍔(つば)の上辺を見下ろす形になりがちです、。「風蘭鉢」の悲劇その1です、。
◆「楽焼・風蘭鉢」は上に書いたように形が一定しませんが、共通する事柄として「絵付けを施す胴部分」の面積が狭く、複雑な絵や凝った絵付けを施しにくいという事もあります、。「風蘭鉢」の悲劇その2です、。
◆「風蘭栽培用土」は江戸時代から「山苔」や「水苔」が用いられ、蘭や万年青のように「京土(七条土)」は使用されなかったために「京土」の溶出による汚れ(時代乗り)が無く綺麗なままであること、。「楽焼鉢の汚れ」はある意味では「良さ」に通じるので、そこが乗りにくい、。「風蘭鉢」の悲劇その3です、。


このような事情から、最近の展示会ではある程度背の高い展示鉢が用いられることも多く、楽焼では「紫金牛鉢」「万年青鉢」「石斛鉢」などが使われているようです、。また、楽焼以外の「古典の京焼」「古典伊万里鉢」や最近のものでは「欅窯製品」も多用されます、。東洋蘭展示会や万年青展示会で欅窯を見ることはありませんが風蘭界では多く、この点は他の古典園芸界と違った風景です、。

「古典楽焼鉢の風蘭鉢」も、手に取ると惚れ惚れするほど良いものが多く、「短冊家製風蘭鉢」などは使い道のないエビアンでも「欲しいな」と思う程なのですが、肝心の富貴蘭愛好家が鉢には関心が薄いように見えるのは残念なことです、。


◆今月トップ画面に掲載の風蘭鉢は、(多分)福井楽印窯製「雲龍図富貴蘭鉢」です、。
見る人は、まずこの漫画チックな龍図を見てあっ気にとられることでしょう、。分かります、^^。なんしろ現代の日本人は「龍図」といえば「中国古典の龍の顔」と「狩野派絵師の手になる龍図」ばかりを「龍の顔」だと思ってしまっているところがあります、。龍は古代中国で考え出された想像上の生き物で、鳳凰・麒麟・亀と共に四瑞 のひとつ、。角は鹿、顔は駱駝(らくだ)、爪は鷹、を組み合わせられたもの、。吉祥紋です、。これをどのように描くかは絵師の自由であって正解はありません、。この鉢はユニークだと思いますよ、。
この鉢は「台の作り」がしっかりしていて、目を閉じて手で触れると「まるっきり短冊家」です、。土質は硬く、鉢角は鋭く尖り、持ち重りがあり、楽焼鉢としては非常に上出来物です、。この事と、口径0.1ミリほどの細い口金を使ったイッチン絵付けとから、この鉢は福井楽印製だろうと判断するのです、。明治後期ごろの製作、。                
                  (飛田邦之氏蔵)


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昭和初期に東京の風蘭愛好家・山崎天然氏が「紫金牛鉢の胴に万年青鉢の足」をデザインして窯元に作らせた「風蘭鉢」、。
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by evian_th | 2015-06-30 00:17 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
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