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楽焼鉢「瑞雲に桐鳳凰紋万年青鉢」         No.407
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◆2011年7月1日、。   楽焼鉢「瑞雲に桐鳳凰紋様万年青鉢」

楽焼鉢「瑞雲に桐鳳凰紋様万年青鉢」、。
「自然と野生ラン」誌6月号で、日本萬年青業者組合の出品により分譲された鉢だから見覚えのある人もおられることと思います、。たまたま風来記の知り合いに入棚したので、ご本人に撮影してもらい御紹介、。

この鉢は2つの点で非常に珍しい一品です、。
◆横線で区切らず、鉢の胴部分全体に一つのテーマで絵付けが施された鉢です、。
大概の鉢は少なくとも足の上部分で横線をグルリと一回り描き、その下には「青海波」や「雷紋」を描いたりするものです、。上から下まで前も後ろも線で仕切ることなく絵付けしてある鉢、というのは「イッチン絵付け」のこの時代には非常に珍しい事です、。最近のものでは”筆描き”で水墨画風な絵付けを施した鉢は多いのですが、イッチンで全体にデザイン化された伝統文様ではないテーマを絵付けした鉢は意外に少ないものです、。

◆絵のテーマは「瑞雲文様」に「桐鳳凰文様」の組み合わせというものです、。
「鳳凰は桐に棲む、」という伝説に基づいた画題で、「鳳凰」はご承知の通り「龍」「麒麟」「亀」と共に「四瑞」の一とされ、目出度い時に天の使いとして現れる生き物であり慶事の象徴です、。楽焼鉢の絵付けでは、「龍」は多く目にするのですが、「鳳凰」と「亀」は非常に珍しく、「麒麟」は全く目にしません、。「鳳凰紋様」は現代陶画工の第一人者である布施覚さん全盛時に豪華な鳳凰紋を描かれたのはご存知のとおりですが、明治の古典鉢に描かれることは少なく、描きにくい鳳凰という空想上の鳥を見事なデフォルメで構成された絵付けだと思います、。頭を下にした構図は幕末の浮世絵師・歌川広重の「江戸名所百景」中「深川州崎十万坪」の鷲(鷹?)の絵を彷彿とさせるような構図になっていて迫力があります、。
「桐紋」は古くより皇室や幕府の家紋として使われましたが、昭和20年以後は我が日本国の紋章です、。

それら文様の組み合わせにより、格調高い吉祥紋の絵付け鉢になっています、。高価な金箔を多用している所からも、この鉢が当時としては高価な鉢だったことがうかがえます、。明治中期頃の作品、。台の鉢は祇園短冊屋製と思われますが、手に取った訳ではないので正確には分かりません、。京楽焼であることだけは確実です、。(鳥山伸一氏所蔵)
by evian_th | 2011-06-30 14:48 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
楽焼そもそも                      No.406
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◆2011年6月、。   楽焼そもそも

京焼には楽焼は含まれない、(または、楽焼は京焼に含まれない、)という件について京都国立博物館主任研究員の人が面白い考察を書いている文を見つけた、。(この題は奥部屋に書こうと思っていたので、文章は奥部屋風になってます)、。

京都「寿楽第(邸)」の完成を機に豊臣秀吉が田中利休(後の千利休)を伴って大坂から京都へ入ったのは1587年のことだ、。これ以前の楽焼は大坂(今の大阪)が政治経済の中心地であったので、大坂で多く使われ、製造も大坂が主体だったのではないのか、だから、古くから楽焼は京焼には含まれなかったのではないのか、という趣旨だた、。「京焼の範疇に楽焼が含まれない」理由は、「だって、京都で焼かれてなかった」からだ、という仮説だた、。
楽焼あるいは楽焼風焼き物の出土事例を見ると、年代的に古い事例が妙に大坂に偏っている、というのがこの仮説の根拠になっている、。

秀吉が京都へ入るより10年ほど前に「楽焼」始祖阿米夜(阿米也とも飴也とも)は他界している、。阿米夜が帰化して佐々木氏の娘と結婚し、二人の間にできた長男が長次郎である、。田中利休は秀吉から「千」の名字を拝領すると「田中姓」を家督も共に佐々木長次郎に与えた、。長次郎は終生「田中長次郎」を名乗ったのだた、。田中家の出身地は大坂の堺である、。長次郎も京都と大阪の間を行き来していたに違いない、。
ただ、長次郎は程なく1592年に他界してしまうので、秀吉から「天下一」の号と「楽」の金印を賜るのは、2代目常慶であり、これ以後「楽姓」を名乗るようになる、。この頃には楽焼の本拠地は京都に移っていた、。

楽家3代目道入の弟道楽は大坂堺で「楽忠窯」を開窯しているし、2代目常慶の弟宗味が脇窯を開いたのも(京都では許されなかったので)大坂ではないかと思われる、。堺から泉州、貝塚辺り(ほとんど関空に近い南の方)まで楽焼窯はあったように思われるのだ、。

こうなると、楽家の人が書いた文章にも少し疑問が出てくる、。他にも、「本阿弥光悦」が楽焼を焼いていたのは前にも書いたし、京焼の第一人者「野々村仁清」の次に出て来る「尾形乾山」(絵師光琳の弟)も焼いていた、。乾山の次に出て来る高槻出身の初代「清水六兵衛」にも、初代「高橋道八」にも楽焼の作品が残っている、。これらの人は1600年代の中頃から1800年頃の江戸後期に至るまで京都で焼いていたのだ、。楽家にしか許されなかったのは「楽焼」と名乗る事であり、「楽焼風焼き物」を作る事は(本家は苦々しく思っていたようだが)、許されていた様子だ、。

上に書いた事は「お茶碗」の事だけど、我が「楽焼植木鉢」も大坂の堺で焼き始められた、。1656年の事である、。
江戸後期になると京都でも楽焼植木鉢は焼かれるようになる、。短冊屋さんともう一軒、それと粟田口辺りにあった京薩摩の窯元、。少なくとも3窯はあったようだ、。楽焼鉢の歴史も江戸初期から現在にまで伝わっている訳で、大したものだと思います、。

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読み返すと、ずいぶん端折った文章を書いてますね、。説明不足で理解不能と思われても仕方ない、。もっと丁寧に説明するよう心がけます~、^^、。
画像は「楽雅亭」の植木鉢、。当時何を植えたのかは不明、。1700年前後の鉢ですが、作りの丁寧さや「楽忠窯」とのデザインの共通性などを考慮すると、ごく初期の作品、西暦1600年代のものではないかと思われます、。3年前の撮影時は華幸園所蔵(現在は持ち主が代っていると思います)
by evian_th | 2011-06-26 01:34 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
中国春蘭・荷花弁「天香荷」             No.405
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◆2011年6月、。   中国春蘭荷花弁「天香荷」

新中国春蘭の荷花弁種「天香荷」、。
今春出会った新品種、。実生を警戒してしばらく観察していた、。大丈夫そうなので掲載、。
直観だけを頼りに行く方だから、どこがどういう風に良いという説明はできにくいのですが、直観的に、行ける、て感じたのでね、入れました、。この個性強さが何かしら好みに合う、。
葉は緑雲程度の大きさ、。緑雲ほど硬た葉ではありません、。花は画像の通り毒々しく個性的です、。

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三香園 富貴蘭展
時:2011年6月25日・26日・27日
所:三香園(香川県観音寺市吉岡町608-3)


兵庫春蘭友の会 新芽会
時:2011年7月3日
所:相生園芸センター展示場

by evian_th | 2011-06-11 22:47
楽焼鉢紋様用語の訂正                No.404
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◆2011年6月、。   楽焼鉢紋様用語の訂正

「2010年1月3日のスレッドNo.322」、京楽焼万年青鉢「五柳」(クリック)に於いて、画像のエビアン所有の「五柳鉢」の文様を「草花紋散らし」と書きましたが、間違いでしたので訂正しておきます、。

6弁の花弁の模様に見えたのは、日本の伝統文様である「雪の結晶、」でした、。「雪輪紋様」と呼びます、。江戸時代中後期から使われ始めた雪の結晶を紋様にしたものです、。(日本に顕微鏡が伝来したのは1765年ですから、その頃から江戸後期・明治へかけての文様でしょう、)、。
江戸時代、「雪」は豊作を約束する吉兆として「雪輪紋」は多用されたもののようです、。

「雪、」を6弁の丸い花のように描き表す「雪輪、」(ゆきわ)が文様として用いられました、。「雪輪」は窓枠のように用い、その中に花や幾何学模様を描いたり、紋様を分ける輪郭線として用いるなど、さまざまに用いられた紋様でした、。
どうも、「花」じゃ変だな、とは思ったのですが、他の用語も思い付かなくて使ってしまいました、。「雪輪」という美しい日本語の名を付けられた伝統文様だった訳で、これで腑に落ちました、。

この鉢の文様の全体の呼び名としては「瑞雲・七宝・連珠円紋・雪輪」などがあるので「吉祥尽くし紋」でよいと思いますが、物足りなければ「雪輪に吉祥尽くし紋」がいいと思います、。菊の花のように見えるのは「宝相華」でしょう、。「龍」とともに想像上の花紋様です、。

皆さんには、間違った情報を伝えてしまった訳で、申し訳ありません、。つつしんで訂正させていただきます、。
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三香園 富貴蘭展
時:2011年6月25日・26日・27日
所:三香園(香川県観音寺市吉岡町608-3)

by evian_th | 2011-06-05 02:32 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢



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