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楽焼鉢「江戸期の万年青鉢」              No.503
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◆2014年1月、。   江戸期の楽焼万年青鉢

ここでは、現在使われている形に当てはめて「万年青鉢」と書きましたが、この鉢に描かれている「花の絵」はどう見ても「蘭の花」なので、「万年青鉢」に「蘭の花を描くかなぁ?」と考えると、この鉢が製作された時には必ずしも「万年青鉢」ではなかったのかも知れないと思います、。
中国の南画に描かれた蘭花を見本にして描いたものでしょう、。これは、「蘭鉢、」だったのかもな、と考えているところです、。



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展示会情報は、かならずしも開催日の早い順に並んでいません、。ご注意下さい、。

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大阪東洋蘭会 春季展示会
時:2014年3月9日(第2日曜)一日限り
所:山本園芸流通センター(兵庫県宝塚市山本、阪急宝塚線山本駅下車北西徒歩10分)
展示:午前11時~午後2時まで、。午後2時から交換会
無料駐車場あり、(広い駐車場の中に展示会場あり)、。




中国奥地蘭展示会
時:2014年3月1日・2日
所:埼玉県  熊谷市緑化センター
主催:北関東中国奥地蘭同好会




中部蘭趣会 春蘭展示会
時:2014年2月28日・3月1日・2日
所:名古屋市 庄内緑地グリーンプラザ




愛知県春蘭合同展示会
時:2014年3月14日・15日・16日
所:名古屋市 庄内緑地グリーンプラザ

by evian_th | 2014-01-06 02:31 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
楽焼鉢「江戸期の万年青鉢」             No.502
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◆2014年1月、。   楽焼鉢「江戸期の万年青鉢」

謹賀新年!!!,、。本年も「風来記ページ」と「奥部屋」とで「楽焼鉢を中心とした植木鉢」を書きます、。宜しくお願いします、。

イラストレーターがほぼ絶対にしない事に「黒色絵具は使わない、」などという事の他に「茶色と青色とは同一画面には使わない」というのがあります、。
ところが「植木鉢の世界」では、これを平気で使った鉢を多く見受けます、。例の「欽古堂亀祐型」の「茶色陶土に瑠璃釉薬絵付け」などがそうですが、画像の楽焼鉢にも使ってますね、。「茶色と青色」とを同時に使うのが何故いけないかというと、薄汚れて汚く見える、からです、。「茶色と青色は反対色」なのです、。「緑色と赤色」も反対色なのですが、こちらは「パッと目を引き派手に見える」という反対色で、「茶色と青色」とが汚く見えるのとは対照的ですね、。
手の指で「青色の花」を隠して見て下さい、。ね、それなりにスッキリとした良い鉢でしょ、。印象が変わるでしょ、。

画像の鉢は昨年入手、。植木鉢数寄者の棚から出たもの、。昭和15年冬に岩尾昭太郎(注)という人が所有していたらしい、。世界大戦の始まる時にも植木鉢数寄者は居たのが嬉しい、。
下に掲載の以前に掲載した「1800年型」の加茂黒万年青鉢と比較しながら時代考証を進めましょう、。

ほぼ似てますが、最も違う点は「ヘリのツバ部分の形」です、。下画像の「1800年型」では「ヘリ」はロクロを引き上げて最上部を摘まむようにチョッと外へ向かって捻っただけで終わっていて「黒鍔焼」(くろつばやき)と呼ばれた時代の名残を残しますが、上画像の鉢は「しっかりとヘリと呼ばれる部分」が完成しています、。
このことに時代的にに如何ほどの時間差が必要だったのかは考え所ですが、数十年、恐らくは20~40年程度ではないかと思われます、。


足の形も少し違い、下画像は申し訳程度の足が少し大きくなり始めた頃、上画像は「万年青鉢の原型」が完成しつつあり、足もシッカリと大きくなって来ています、。
胴体の絞り具合も下画像が寸胴に近いのに比べて、絞りが出て来ています、。


鉢内側の見込み部分の壁にロクロ引きの指痕が残っている所や「鉢裏の底部分」に糸切り痕を残すところなどは両方ともに共通する特徴です、。

上画像の陶土には「砂を含んだ茶色味を帯びた土」が使われています、。陶土としては良い粘土ではありません、。上質の陶土を産出する地方の陶土とは思えません、。
これが2つの鉢を比較した両者の違いです、。


絵付けは、2段の段替わりの中央部に加茂黒を掛けずに塗り残し、そこへ「チョコレート色」のような泥漿を塗ってあるのですが、顔料なのかこういう色の土を使ったものなのかは不明です、。
その地合いの上に「白色泥漿」で拙い「タコ唐草」(蛸唐草)を描き、仕上げに「瑠璃釉薬」で「蘭花」か「菖蒲」の花を鉢の胴全体に散らしています、。


「加茂黒の楽焼鉢」に「瑠璃釉薬」を使うのは「楽忠窯」や「楽雅亭」の「大阪楽」の特徴です、。短冊家が楽鉢を作るようになるよりも前の鉢だと考えられます、。ただ、この頃の大阪には「楽焼」を焼いた窯は多かったのです、。4~5窯はあった、。紀州偕楽園へ招待された青木木米や欽古堂亀祐や楽家10代目などが紀州からの帰路、世話になった寺院で窯を開いて楽焼を焼いた形跡があります、。これと本家楽家の脇窯だった「楽忠」「楽雅亭」なども加わり、京都では制約があって作れなかった焼き物、例えば「植木鉢」などを焼いたのではないかと考えます、。「貝塚焼き」と呼ばれる「水間焼」などがそうです、。

以上を総合すると、この鉢の製作年は1820年~1860年の間程度と思われます、。幕末直前、もしかすると幕末期へ少しかかる時代という結論になります、。

明治維新へ近づくとともに、または明治維新と同時に「楽焼鉢の絵付けは派手になり」、使われる絵具も多彩になります、。
「奢侈禁止令(しゃしきんしれい)」が解けた事と、外国から安価で多彩な色の顔料が入って来るようになったからです、。画像の鉢の製作時代では使用できる顔料も「茶色」「黒色」「白色」「青色」「緑色」程度だった事も時代考証の参考とします、。
(口径15.8センチ、高さ15.8センチ)

(注)
この鉢の箱書きにある「岩尾昭太郎」という人は「日本丸」(にっぽんがん)という薬で有名な製薬会社の15代目だったようです、。昔の大旦那さんですね、。ネットの世界は凄いな~、。
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<追記>
文中「日本丸」の読みを「にっぽんがん」と書きました、。これはこの薬が「にっぽんがん」という名であったからです、。BBS文中で「にほんがん」と書いてしまった気がします、。
「日本」の読みは「ニホン」か「ニッポン」かは決まってないそうです、。オリンピックなどの時のローマ字表記は「NIPPON」ですが、平素一般に使用する読み方は決まってないそうです、。
by evian_th | 2014-01-06 00:13 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
平成26年・謹賀新年                  No.501
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◆2014年1月1日、。
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by evian_th | 2014-01-01 00:48 | 東洋蘭(春蘭)



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