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◆「東洋蘭風来記・6」                 No.195
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これは、「自然と野生ラン」誌に2003年11月号から2004年10月号まで連載した「東洋蘭風来記」です、。連続12回掲載します、。挿入画像もなるべく同じ品種のものを使用します、。
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◆東洋蘭風来記 6
平成中国春蘭人気の傾向


 東洋蘭は今や日本、中国、韓国、台湾の東アジア圏共通の趣味にまで発展しており、そのための交流も盛んに行われ、共通した園芸文化圏を形成していると言える段階にまで発達しています。
 その事の結果として、中国や韓国で需要のある蘭が日本市場から買い上げられたり、価格が高くなったりすることが当然起こります。最近の傾向として、一茎九花がそうであったように、中国人の欲しがる品種が国内でも人気を呼び、高値をつけるようです。

 昭和30年代から40年代へかけての中国春蘭ブームは、東京オリンピックや万国博覧会の前後の時期で、日本が高度経済成長に入った時期とも重なり、金銭的にも精神的にも余裕が生まれ、東洋蘭界全般に亘って高値と人気を呼びました。
 人気を後押しするように、永野芳夫(ペンネーム・笹山三次)さんや黒崎陽人さんが東洋蘭界にとって画期的とも言える解説書籍を発刊され、これを読んだ読者が東洋蘭、とくに中国春蘭や寒蘭の分野へ自主的に参加し始めたのです。
 また、クレイボールという焼赤玉土が発売されたのも東京オリンピックの頃です。この出現によって春蘭の栽培技術は飛躍的に向上し、作り易い園芸植物になったのです。それ以前は生の赤玉土、鹿沼土、桐生砂の混合土で作っていたのですから、今から思い返せばずいぶん作り難い植物でした。ブームの時にはこのように様々の好材料、好条件が出てくるものだと痛感します。

昭和人気と平成人気
 たいへんなブームではありましたが、書物に教えてもらっただけのブームですから、本に「良い」と書いてある品種だけが高値を呼び、人気が高いという、じつに分かり易いブームでもありました。具体的に記すと「中国春蘭四天王」である「宋梅」、「老十円」、「万字」、「竜字」を中心とし、その周辺と特に素心の分野の「老文団素」、「楊氏素」、「蔡仙素」など、ブームの終盤には正体のはっきりしない「雪蓮」、「月佩素」などが人気を呼びました。この素心の分野の人気が、今回の人気上昇から取り残されているという明確な違いを示しています。
 それはこの数年間、一茎九花を中国が買い入れた時に、赤茎九花のみを欲しがり、ついで緑茎と続き、素心にはまったく興味を示さなかったことの影響が一茎一花にも及んでいるからだと思われます。

今回の人気品
 その随一は「端秀荷」です。前のブームには存在しなかった品種で、私が初めてこの蘭を目にしたのは昭和50年頃、東京世田谷の故・黄業乾氏の棚でした。直径30センチもある大鉢(尺鉢という)に10センチばかりの3本立ちを見ましたが、おそらく現存するのはこの株の増殖品だと思われ、その後、富山県の栽培者のもとで殖えたものが、10年ほど前に東京の大手通販業者の手で20~30株(50本程度)販売されたものです。「寰球荷鼎」ほどの立葉ですが、葉緑はそれよりも薄く、艶がない厚葉。花も似ますが、もっと緑色の梅形荷花弁花です。
「端秀荷」につぐのが「大富荷」でしょう。ゆったりとした美しい半垂れ中型の葉姿に独特の淡緑色の花をつけ、空間が少なく完成度高い悩ましい一品です。現在、商人やマニアの間でとくに人気の高いのがこの2品種ですが、これに続くのは、梅弁では「賀神梅」、「万字」、「緑英」、「天緑」、「翠桃」、「逸品」。水仙弁では「竜字」。荷花弁では「憲荷」。奇種は「素蝶」、「簪蝶」。素心では強いてあげるなら兜のある「蔡仙素」くらいでしょう。
「賀神梅」は昭和60年前後に韓国が中国春蘭を買ったときには韓国人の好みに合わないという理由で見送られた品種ですが、今回、中国と日本国内でたいへんな人気を呼んでいるものです。「万字」、「緑英」、「竜字」は時代と国境を越えて、春蘭愛好家に普遍的に好まれる花。「憲荷」は新芽に紺覆輪をかけ、花にも紫色の覆輪を現わすもの。「天緑」は出回っているものの大部分は「宜春仙」ですが、本物は丈40センチに達する広葉平葉の大葉に翠緑色長円弁の可愛い花を咲かせます。
 今回の人気上昇は、はっきりとした品種面での片寄りが見られますが、国内に多すぎるものや、見飽きたもの、台湾で大量栽培されている品種などは見送られている傾向があります。(2004年4月号)
by evian_th | 2008-07-08 00:27 | 東洋蘭(春蘭)
◆「東洋蘭風来記・5」                No.194
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これは、「自然と野生ラン」誌に2003年11月号から2004年10月号まで連載した「東洋蘭風来記」です、。連続12回掲載します、。挿入画像もなるべく同じ品種のものを使用します、。
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◆No.5、「俄然人気の中国春蘭一茎一花」


 過去4回に亘って舌の色や形について記しました。最近とくに愛好家の観賞眼が深まり、よりマニアックになってきたので、春の展示会シーズンに向かって役立てて頂き、全国各地から「力強く、良い舌」をした珍品、貴品が登場してくることを切望しています。
 この「東洋蘭風来記」は日本伝統園芸協会様と新企画出版局とのご好意で、私の自由にその時々の東洋蘭や蘭界の動きについて書かせて頂いています。従って、すべての文責は筆者自身に帰するものであることを付記しておきます。

◆蘭界の現況を分析
 元々、東洋蘭界という所は金銭や蘭の蒐集に対する愛好家の欲望が、自身を魔神や妖怪へと変化させ、魑魅魍魎が百鬼夜行するような世界でした。だからこその面白さも存在したのですが、最近の東洋蘭価格の下落と共に、それらの影も薄くなり健全になった半面、その一方では面白味も半減してきたように感じます。
 ところが、ほとんどの蘭価格が右下がりの矢印のなかでこの数年、俄然注目を浴び、人気沸騰、価格上昇に転じてきた分野が存在します。「中国春蘭一茎一花」の蘭たちです。新進愛好家ばかりか、ベテラン愛好家をも巻き込んで、今や引っ張りだこの人気です。その背景には緑苔素心の蘭が人気を集めているのと同じように、既存の銘品に対する「倦怠感」も存在しますが、30年程もの長期に亘って見向きもされなかった中国春蘭一茎一花の良さが「新鮮に見え始めた」という不思議な現象が起こっています。そして気がつくと国内の一茎一花の数の少なさも、その追い風になっているように思えます。

◆一茎一花にまつわる過去30年
 どうしてこれほどまでに国内市場の一茎一花が少なくなってしまったのか、その原因を考察すると
①昭和60年前後の第一次韓国春蘭縞物ブームのときに、韓国国内での中国春蘭の需要に対し、韓国へ向けて大量に流通したこと
②近年、中国と台湾とが日本国内の一茎九華を買い集めると共に、中国での需要に応じて春蘭一茎一花も中国、台湾へ流出していること(現在なお進行中)
③20年近く前に、世界蘭会議の共催行事として世界蘭展が東京の向ヶ丘遊園で開催されて以来、仙台、福島、東京、静岡、名古屋、大阪、岡山、福岡と、国内各地方に国際蘭展ブームが広がり、初心者向けの丈夫で作りやすく、花も香りもよい蘭の代表で根巻きの即売品として下級品扱いされ、蘭界外の一般園芸愛好者へ多量に販売されたこと
④蘭界に残った少数の品も、あまりにも長期の価格と人気の低迷ぶりに粗末にされ、枯死や害虫、病気によって廃棄されてしまったこと
などが考えられます。なかでもとくに③の国内ではあっても蘭界外へ流出した数量はちょっと想像もできないくらい膨大で、蘭界内部での一茎一花の数量の回復には相当の長期間を要するものと思われます。現存数は品種にもよりますが、おそらく日本春蘭銘品の数千分の1かそれ以下だと思われます。
 インターネットオークションの分野でも、中国春蘭の銘品が出品されると大変な人気で、一時のことを思えばかなりの高価格でセリ落とされています。無病の健全苗であれば一部銘品は1本1万円になることもあるようです。しかし、先程も記しましたように、現存数に比べてその価格はまだあまりにも安価で、今後も新しい愛好者の参入が続き、ベテラン愛好家達の見直し気運が強まり続ければ、いずれ数年の内には現存数に見合う価格まで上昇することが予想されます。そうなれば、実に楽しいことです。
 最近の中国春蘭一茎一花の分野は、まだまだ低価格ながらも、その動きは「すでにブームである」と言えるほどの人気です。ただし、昭和30年代から40年代の中国春蘭ブームの時の主役と比較すると、品種的にひと味違った傾向がありますので、それらを次回以降に記します。(2004年3月号)
by evian_th | 2008-07-04 02:43 | 東洋蘭(春蘭)
◆中国春蘭「軍旗」                  No.185
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◆2008年6月、。     中国春蘭「軍旗」
昭和48年頃、当時日の出の勢いだった蕙蘭の日本愛蘭連合会主催「第31回東洋蘭美術品全国大会」(九州佐世保)「春蘭の部・金賞」の「軍旗」です、。
8本立ち、。2本立ちから1作で両子に吹き、翌年その両子から両子・両子と吹いたので、2本立ちから2作で新木4本の8本立ちの綺麗な作品が仕上がったものです、。蕙蘭の全国大会での「軍旗」の優勝は、キャバレー王・小浪義明さんの定席と決まっていたのに、その年は小浪さんの出品がなくて、エビアンの作品が優勝したのでした、。
◆8本立ちの葉の一枚一枚が露受け葉を現し緊張感に溢れたこんなにいい作品は、その後は一度も作れませんでした、。
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◆「軍旗」は現在では「中国春蘭」の扱いです、。勿論、元々中国産春蘭を昭和3年に広島県で日本軍の軍旗の下に飾ったのを記念して命名された蘭なのですから、中国産の春蘭で正しいのですが、その歴史的背景を考えると、(書きにくいけど、)中国軍に勝った日本軍の軍旗の下に飾った、という命名の由来があり、当時の蘭界人が苦労して、これを「日本春蘭」として登録したのです、。そういう日本人としての思いを込めた「日本春蘭登録」だったのです、。(昭和50年頃まで日本春蘭扱いでした、)、。
それを、そういう歴史的背景に配慮しない後の時代の人が、植物学的に正しい「中国春蘭」に戻してしまったのです、。だから「軍旗」は、植物的には中国春蘭であっても、日本の蘭界的には「日本春蘭」だったのです、。昔の本に「軍旗は日本春蘭」と記載が有るのはそういう訳です、。
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◆蘭界はそろそろ夏休みに入ります、。
今年の出来秋(できあき)9月の蘭界(9月相場)がどんな風だろうと考えると、少し怖いですね、。日本だけなら予想も付くのですが、今秋9月には北京オリンピックが終わっている訳です、。「中国で東洋蘭がどうなって行くのか、」が読めないので、影響を受けやすい日本の蘭界の予想が立たない状態です、。再び動き出すのか、静止したままか、四川大地震がありオリンピックを通して世界を見てしまった中国人民がどういう風に動き出すのか、株式投資や土地投機へ行っていた資金が一部にしろ蘭界へ帰ってくるのか、地震で自生地を破壊された四川省の蘭界がどうなるのか、、、などなど、この夏休み明けの秋相場を知りたさ半分、怖さ半分、といったところです、。
「東洋蘭風来記・奥部屋」
「東洋蘭花図鑑」
by evian_th | 2008-06-09 13:36
◆中国古渡「絵紫泥輪花鉢」,、。         No182
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2008年6月、。      中国古渡「絵紫泥輪花鉢」、。
「古渡物」です、。紫泥輪花鉢の上から白泥を薄く水で溶いてサーッサーッと筆や木型で描いてあります、。
約40年前に買ったエビアンの古鉢購入品第一号の鉢です、。サラリーマン時代の23~24歳頃に大阪の阪神百貨店園芸売り場で見つけた時には4万円の値札が付いており、欲しいなぁと思いながら2~3年経過、。ある時、「買おう、」と決心して阪神デパートへ行くと、まだ売れずに残っていて、足のホツレを理由に値切ったけど、ホツレも織り込み済みの値段だ、と言われて、相手の言い値で購入、。若くて気が弱かった頃の思い出に残る鉢です、。
by evian_th | 2008-06-01 00:14 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
◆中国春蘭「鶴市と桂円梅」             No.177
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◆2008年5月、。   中国春蘭「桂円梅」と「鶴市」
花一輪を示されれば明確にはどちらとも判断つきかねる両種です、。強いて強いて言うなら「鶴市」の方が包衣(包皮)の紫スジが暗く強めな所くらいです、。それほどまでに両種は開花からの日数によっては似ています、。
葉色・葉質・葉姿、特に袴(ハカマ)の紫色の濃さと、生長期間での葉色の濃さ、を観察しないと明確には判断不能です、。
今回のブームで表面に出た人気品種だけあって、味わい深い両種です、。
by evian_th | 2008-05-29 00:27
◆中国春蘭荷花弁「憲荷」             No.181
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◆2008年5月、。        中国春蘭「憲荷、。
借り物画像ですが、あまりにも良く作が出来ているのと画像がいいので掲載、。
副弁は平肩に近く、幅広の舌とのバランスが実によくできていると思います、。
(今春には大魁荷画像と並べて比較画像を掲載しようとしていたので、実に残念、)、。
(写真提供:しんちゃん)
by evian_th | 2008-05-24 11:43
◆中国春蘭「桂円梅、」               No.180
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◆2008年5月、。     中国春蘭「桂円梅」の全体画像、。
「桂円梅」は多品種との見分けのポイントを説明するために、いつもアップ画像なので、葉姿を含めた全体画像を掲載、。
カメラの都合で、周辺が膨らんで写るので、葉先に至って幅広になるように写ってますが、そうではなく、葉元から葉先へ向けて普通に伸び、葉先は丸止ではなく鋭く尖ります、。
葉姿は半立ちまたは半垂れですが、直線的な印象です、。葉色は薄い方、葉肉は厚い方です、。
(画像の花は、新木側向きでは無く、後木側を向いて咲いています)、。
by evian_th | 2008-05-22 19:36
◆東洋蘭・手島鉢(その3)             No.171
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◆2008年5月、。   東京の京楽焼き「手島鉢」、。
「京楽焼」の万年青鉢が作られ始めたのは、京都を中心に「小万年青」が大流行した明治14年(1881年)頃からだと言われています、。現在の楽焼き東洋蘭鉢は、この万年青鉢のデザインを上下に引き伸ばしたものですから、蘭鉢の生産は万年青鉢よりも更に時代が下ります、。
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◆京都での楽焼き蘭鉢は別の機会に書くとして・・・
大正7年頃、東京市本郷区駒込に「手島揫二」が「京楽焼東京元祖」「錦園堂」を窯開きしました、。手島揫二の特徴は、「絵付けに波千鳥や唐草模様」が多いこと、。”イッチン絵付け”を多用したこと、。生地にイッチンで絵付けした後、縁と足に加茂黒を塗り、胴には「灰緑色の透明釉薬」をかけて焼いてあるものが多く見られます、。更に、「瑠璃釉薬」も得意とした事、などです、。
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◆手島揫二は絵師ではなく、本来は「鉢そのものを捻る」のが本業でしたから、絵付けはむしろ一見拙く見えますが、鉢はシッカリと作られています、。
手島鉢は、昭和20年の大空襲を境に生産を止め、以後、手島揫二自身が作ることはありませんでした、。約27~28年間だけの生産でした、。
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◆人の話では、昭和20年以降にも、手島で修業していた鉢職人が作り続けた痕跡が見られるようです、。また、当時の手島には絵師として「五柳」がやって来て絵付けをした、とも言われますが、「五柳さん」本来の優れた絵付けは見られないのと時間的なすり合わせが一致しないので、この話は腑に落ちないところです、。
「手島家」と「愛知県・愛楽園・杉浦家」とは血縁があったらしく、その伝手で「愛楽園・杉浦重平さん」が9年間ほど手島で修業していたようです、。
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◆トップ画面には本来「東洋蘭鉢」を使用すべきでしたが、鉢の生地からの作りがシッカリしていて、非常に高級な瑠璃釉薬を分厚くしかも上手に使用し、自信を持って「手島揫二の鉢」だと思える、エビアンの友人から贈られた万年青鉢の方を使用しました、。ただ、鉢の地色の「暗い灰緑色」は写しきれませんでした、。実物は重厚味溢れる鉢です、。薄い縁もピシッと決まり、手島鉢の良さが味わえます、。
by evian_th | 2008-04-29 20:20 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
◆中国蘭九花「如意素」                No.167
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◆2008年4月、。
中国蘭・九花「如意素」、。「如意素」てのは一花にもあるし、蘭の部分の状態を現す用語に「如意舌、」てのもある、。
「如意」・・というのは”仏具”である、と風来記常連さんが”如意なる仏具”の画像を送って下さった、。ユッタリとした曲線を描く持ち手と、その先っぽがカーブし、上に皿様の部分があるのだけど、さて「如意」の語源となったのは一体どの部分を指して言うのだろうか、と謎が深まった、。
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◆画像の「如意素」の舌は「狭長舌」で、如意舌ではない、。どこを見て「如意素」と命名したのかなぁ~、。
by evian_th | 2008-04-24 18:09 | 中国蘭(中国春蘭)
◆中国春蘭一花梅弁「西神梅」、。   No.164
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◆2008年4月、。
今春の「西神梅、」、。5~6鉢咲かせて、何とか見れるのはこの一鉢くらいでした、。移動させたり植え替えたりしたからでしょうね、。
by evian_th | 2008-04-21 17:00



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