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楽焼鉢「五柳鉢」                     No.350
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◆2010年7月、。      楽焼鉢「五柳」

「五柳」絵付け、太鼓胴万年青鉢、。
風来記に頂いている「五柳寿運絵付け鉢」の中で、唯一の「太鼓胴」の万年青鉢です、。案外、珍しいものです、。台となっている太鼓胴の鉢をみると、胴部分の形は寸胴の割に細く、ある程度の古さを感じる鉢です、。おそらく「五柳寿運」さんの作品中でも時代の古い部類の鉢だと思います、。
ツバの直下と足部分に「トレードマークの雲型」を描き、胴の中央部分には、これもトレードマークの「緑色顔料」の点々、と唐草文に何やら分からない文様が描かれています、。某万年青園秘蔵の品を望んで現在の所有者に入りました、。                              (西口郁夫さん所蔵品)

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「菊花紋万年青鉢」、。
これも珍しい「五柳鉢」です、。鉢のどこを探してみても、「五柳寿運」のオリジナルデザイン(例のトレードマーク)が見当たらないのです、。(足部分の菊花紋の下に少しだけ雲型はありますが、)、。一見して華やかな「金彩」を多用して豪華さと位の高さを演出している所から、これは「注文主デザイン指定の鉢、」だと思われます、。                                       (飛田邦之さん所蔵品)

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「雲竜図五柳万年青鉢」、。
これも「五柳寿運絵付け」としては非常に珍しい、「龍の図」絵柄の鉢です、。知る限りでは「五柳」さんは、”龍の絵柄”をそんなに多くは描かなかったと思います、。絵付けは淡彩風で、この鉢も「五柳寿運」さんの絵付けした鉢の中では、かなり古い時代の部類の鉢のようです、。この画像は商人さんからの頂き物で、この鉢の現在の所有者は不明です、。

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◆「五柳寿運鉢、」は今回で風来記手持ちの画像を使い切りましたので、一応、終了です、。
次回以降も「五柳」の話は出ると思いますが、今時点では新たな画像を持っていません、。

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富貴蘭展
時:2010年7月3日・4日・5日
所:三香園(香川県観音寺市吉岡町608-3
電話:0875-25-0343


華幸園・富貴蘭自慢会と中国鉢即売会
時:富貴蘭自慢会2010年7月3日4日
  中国鉢即売会:2010年7月3日4日5日

所:華幸園(香川県高松市生島町420-150)


彩と香の富貴蘭 展示即売会
時:2010年7月10日・11日
所:上野グリーンクラブ(東京都台東区上野公園3-42)
日本富貴蘭会
日本伝統園芸協会

by evian_th | 2010-06-30 11:39 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
古伊万里鉢「濃み」技法                No.349
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◆2010年6月、。     古伊万里鉢の技法「濃み」

「濃み、」、。
” だみ ”と読みます、。古伊万里の技法の一つ、。「下地の線画で囲まれた内側を(支那)呉須釉薬を染み込ませ塗りつぶす技法、」、。画像で梅花文を塗り残してある青い部分に呉須を塗り染み込ませますが、西暦1600年代1700年代の伊万里では「濃み」は女性が担当する仕事でした、。(下描きの線や呉須を塗る時には、窯入れ前の磁器の容器は薄い茶色(ベージュ色)で、呉須も濃い茶色です、。窯の中で高温で焼かれる事で磁器部分は白く、呉須絵部分は青く発色します、)、。

下地の「線画」は筆先に含ませた「呉須、」で描く場合と、「水に溶いた炭、」で描く部分とがあり、「呉須」で描いた線は焼成後は青く発色し、「炭」で描いた線は窯の中で燃え、線の部分は下地の色が出て”白く”発色します、。
古伊万里の代表的文様の「氷裂文」の”細く白い線”はこのようにして水で溶いた炭を筆先に染み込ませて描いた線が焼成後に白く残ったものです、。画像の「氷裂文」も「梅花文」も古伊万里の代表的な文様です、。

風来記では九州佐賀肥前の国近辺で西暦1610年ごろから焼かれた磁器を「古伊万里」と書いています、。「有田焼」と呼ばれるものも「伊万里」と書いています、。佐賀鍋島藩お抱えの、というか藩直営の窯で焼かれた「伊万里」は特に上質なものが多かったので「鍋島焼」と呼ばれますが、風来記ではこれも「古伊万里」に含めています、。(エビアン自身が植木鉢の上質な実物を見たことがないので、。盆栽鉢の中には実に素晴らしい伊万里焼があり、こういうのが蘭鉢にもあれば「伊万里・有田」と「鍋島」とは区別して書かねばならないでしょうけど、)、。
まぁ、平たく言えば、「伊万里焼」は歴史の節目節目で資料が残っているのと、その時々の特徴が比較的明確なので、「伊万里」または「古伊万里」と書き易いのです、。「伊万里窯」の開窯からほどなく、磁器の製法は九州の他地域へも伝わり、多くの窯が開かれたようです、。現在に伝わる「伊万里焼」の中には、それらの窯元の作品も含まれるのかも知れませんが、一部の高級品以外の判別は困難です、。

それどころか、江戸後期から幕末へかけて、磁器の製法と呉須に代わる「科学呉須(酸化コバルト)」が「愛知県(尾張・瀬戸)」へ伝わり多くの生活雑器が焼かれたので、これらも混入した今となっては、歴史学者でもない風来記には正確に「伊万里焼」だけの振るい分けは困難です、。陶芸の歴史を遡ると「愛知県」の窯元は歴史も古く、窯元の数は膨大で、明治期以降に製造された磁器の雑器(植木鉢を含む、)の数も膨大です、。ネットオークションで「伊万里または古伊万里」として売られる鉢の半分くらいは「瀬戸尾張」のものです、。なぜ「古伊万里」に混入させるのか理解不能ですが、「古伊万里」の方には「天然呉須」の製品が多く、「「瀬戸尾張」は化学釉薬製品が多いので、伊万里と書いた方が高級なイメージがあるからかも知れません、。

西暦1704年に「伊万里焼」に「柿右衛門様式の文様」が導入され、この頃から出島を通してヨーロッパへ輸出されるようになります、。「呉須」で描かれ簡単な柿色で彩色された「古伊万里」の磁器は、オランダ・デルフト焼やドイツ・マイセンに強い衝撃となって受け入れられたようです、。デルフト焼もマイセンも伊万里の文様をそっくりと真似た作品を作りました、。ヨーロッパには「梅の木」が無かったのか、我々日本人が見れば笑ってしまいそうな「梅の木」などを描いた古い作品が残っています、。チョッと嬉しいですね、。
(オランダ・デルフトは、画家フェルメールが住んだ町ですが、古伊万里が大挙して輸出されるようになったのは、フェルメールの死後30年ほど経ってからです、。ラピスラズリ(ウルトラマリン)に魅せられたフェルメールが呉須磁器を見たらどんな風に感じたのかを知りたい気がします、)、。


富貴蘭展
時:2010年7月3日・4日・5日
所:三香園(香川県観音寺市吉岡町608-3
電話:0875-25-0343


華幸園・富貴蘭自慢会と中国鉢即売会
時:富貴蘭自慢会2010年7月3日4日
  中国鉢即売会:2010年7月3日4日5日

所:華幸園(香川県高松市生島町420-150)


彩と香の富貴蘭 展示即売会
時:2010年7月10日・11日
所:上野グリーンクラブ(東京都台東区上野公園3-42)
日本富貴蘭会
日本伝統園芸協会


新芽会
時:2010年7月4日、午後1:15~
所:相生園芸センター内展示場
会費:500円
兵庫春蘭友の会(0903-282-9447、藤井)


夏の蘭展 2010
時:2010年6月25日26日27日28日
所:花ごよみ(広島市佐伯区薬師ヶ丘)

by evian_th | 2010-06-18 02:48 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
京楽焼「五柳」万年青鉢                 No.347
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◆2010年6月、。    京楽焼鉢「五柳寿運鉢」

京楽焼鉢「五柳」花鳥図万年青鉢、。
実物を目にすることも写真で見ることさえも叶わないほど貴重な「五柳、」(五柳寿運)のサイン入り楽焼鉢です、。
万年青雑誌などでよく知られている万年青界に存在する「五柳寿運サイン入り鉢」と共に有名な、東洋蘭界に存在する「五柳寿運サイン入り万年青鉢」です、。
風来記が「ごりゅう」を「五柳」と書くことの根拠になっている鉢であることは、今さら説明の必要もないくらい風来記常連の皆さんはよくご存知のことです、。

この「五柳鉢」をご紹介する流れで、江戸時代から明治期の楽焼鉢の流れの整理をしておきたかったのですが、今しばらくの時間を頂きます、。明治期は「小万年青」の流行と共に楽焼鉢のデザインが激しく変化した時期であり、また、京都・瀬戸尾張・東京での楽焼鉢のデザインに特徴的な変化が起きた時期でもあります、。

風来記では今まで「楽焼鉢の製作年代」に関しては、用心深く、古く言い過ぎないように、と心がけて記事を書いてきましたが、明治期の鉢の見直しの必要が出てきたのと、それに伴って、「京楽焼植木鉢」の時代的な全体像も少しずつ判明して来ましたので、今しばらくの時間を頂いた後に記事を書きたいと思います、。

「楽焼鉢の製作年代」に関してのエビアンが犯した大きな過ちは、「時間の流れの速度が、現代と江戸や明治時代や昭和の初め頃までとは大きく違った」事に考えが及ばなかった点にあります、。
現代は例えばデジカメや携帯電話機が1年に2度もモデルチェンジされるほどにデザインの流行の移り変わりが激しく、今出版される本に載っているデザインは極く最近のモデルなのです、。エビアンは何となく、それと同じように「楽焼鉢のデザイン」も出版物掲載年と製作年との間に大きな時間差は無いような考えを持って見てしまっていた、という過ちを犯してしまっていたようです、。
明治18年出版の本に掲載のデザインは、古くても明治初期(明治元年~明治15年)に一般に使用されていた楽焼鉢だと考えたのですが、どうもそうではなく、江戸後期(1800年~1868年、幕末を含む、)に使用された楽焼鉢も含まれる、という事に極く最近になって気付いたのです、。
そうとなれば、今までエビアンの頭の中にあった「時代による楽焼鉢のデザインの変化地図、」を書き直さなければならなくなります、。そこんとこの変化に頭を合わせて考え直すのには時間が必要、という事になったのです、。証拠の書籍や楽鉢を見直さなければなりません、。

「五柳落款」に関しては、この鉢の場合、「鉢内側に白丸印」があり、「鉢裏側に芳虎斎・五柳寿運のサイン」があり、更に「五」と「柳」の押し印があります、。風来記では、鉢内側の白丸を「マーク」と呼び、五柳寿運の手書き名前を「サイン」と呼び、「五と柳の押し印」を「落款」として来ました、。しかし、これは(この鉢の場合は)例外的に多くの「印」があるからで、普通には(他の一般的な鉢の場合には)どれも全部「落款」と呼ばれるべきものです、。この鉢の場合、3つも印があるので、便宜的に言葉を使い分けただけです、。一応、申し添えます、。
                                      (花岡昭治氏所蔵鉢)

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by evian_th | 2010-05-30 01:28 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
京楽焼き鉢蘭鉢「實山鉢」                No.309
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◆2009年10月、。   京楽焼き蘭鉢「實山鉢」

京楽焼き春蘭鉢「實山鉢」、。これがまた分からない鉢なのです、。「一水鉢」と同じルートで手に入れた鉢だと思うのですが、その商人に聞いても知らない、実態が全く不明の絵師による鉢、。
落款は「實山」と読めます、。「桜の絵付け」が多い鉢です、。展示会映えがし、豪華さも兼ね備えた絵付けをする人です、。この鉢について御存じの方は、詳細をお知らせ頂けると、ありがたいと思います、。

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展示会情報は必ずしも日付順に並んでいませんので、ご注意下さい、。
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2009東洋蘭総合大展示会
時:2009年10月23日・24日・25日
所:東京上野グリーンクラブ

播磨愛蘭会・第30回記念・寒蘭展示会
時:2009年11月21日・22日
所:兵庫県姫路市花の北市民広場

寒蘭展示会
時:2009年11月3日
所:京都・平安会館(1階・金閣)

蘭遊楽座展示会
時:2009年12月5日午後1時
所:東京大森・大林寺
by evian_th | 2009-10-16 11:33 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
東洋蘭楽焼鉢「龍山鉢、」                No.300
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◆2009年9月1日、。  東洋蘭春蘭用楽焼鉢「龍山鉢」

愛好家皆さんの身近にあって、チョッと親しみのある楽焼鉢、。「龍山」落款の春蘭鉢です、。
昭和30年前後の頃、愛知県碧南市に絵ごころのある人が居て、先代・愛楽園・杉浦重平さんが「楽焼鉢に絵付けをしてみないか、」と声を掛けたのが、絵師「龍山鉢」の誕生話です、。(本名を聞きもらした、)、。したがって「龍山」は絵師、です、。重平さんに教えられて絵付けする内に絵師として食って行ける目途が立ったので、愛楽園だけではなく他の窯元の絵付けも請け負うようになって行きます、。「龍山」楽焼鉢の「台」となる楽焼鉢には「愛楽園」の他「興楽園」その他当時愛知県にあった窯元の鉢も含まれます、。

師匠は「愛楽園・杉浦重平さん」なので、「龍山」落款の鉢の中には、特に水墨画風淡彩絵付け鉢などに、重平さんとそっくりな絵付けのものも有ったりします、。昭和30年代~40年代へかけて、かなりの数の鉢に絵付けをしたので、現在も愛好家皆さんの身近に「龍山鉢」は存在します、。

愛楽園では(おそらく興楽園でも、)、昭和35年ごろまで「加茂川石粉」が入手可能だったので、その頃までの鉢には(全部とは言いませんが、)「加茂黒釉薬鉢」があります、。「龍山鉢」にも少数ながら存在します、。

昭和40年代には、龍山さんの息子さんも見よう見真似で絵付けを始め、同じような「手描き落款」を入れたので、「龍山落款鉢」には、初代と2代目とが混ざって流通しています、。
画像の鉢は、初代か2代目かは分かりませんが、一番派手派手な物を選びました、。下画像は、「鶴」のイッチン絵付けの鉢ですが、胴部分に挟み痕があります、。加茂黒釉薬かも知れません、。(この頃になると加茂黒も厚み薄く、加茂黒か科学釉薬かの見分け困難です、)、。
尚、「杉浦重平さん」絵付けの鉢は多くが無落款ですが、「祥山」落款を入れた鉢は重平さんの絵付けです、。
by evian_th | 2009-09-01 00:16 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
中国鉢「白交趾蘭鉢」,、。                 No.294
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◆2009年8月1日、。    中国交趾蘭鉢

中国古鉢の中に「交趾鉢」(こうちばち)と呼ばれる一群の鉢があります、。数は結構多く、大きさも画像下の富貴蘭鉢風から尺鉢(直径30センチを超えるもの、)まで、形も「正方」「ラッパ」「輪花」と多種に渡ります、。
「交趾」とは元々、ベトナム国を指す言葉で、中国南部とベトナムとの交易船を「交趾船」と呼び、この「交趾船」によって運ばれた鉢の総称が「交趾鉢、」と呼ばれるものです、。本来の言葉の意味から言えば、そういうことです、。様々な鉢が「交趾鉢」に相当します、。
日本の盆栽界では、「交趾鉢」というのは、「中国南部地方で生産された比較的厚みの薄い陶器に、艶のある釉薬掛けをした鉢、」という程度の意味で用いられます、。釉薬表面に「貫入」(生地まで通らない表面の釉薬にだけ入る細かなヒビ割れ、)が入ったもの、という定義もありますが、必ずしも貫入があるとは限りません、。生地の陶土は白っぽい土か茶色い土かに分かれるようです、。
生地の陶器は肉薄く割れ易く、底面は平らよりも鉢の内側へ向かって膨らんでいるものが多く見られます、。釉薬の色によって「白交趾鉢」「青交趾鉢」「黄交趾鉢」などと呼ばれますが、「黄交趾鉢」は数が少なく、上物が多く見られます、。「黄交趾」の「蘭鉢」は見た事がありません、。
画像は「白交趾輪花ラッパ鉢」で、安手です、。下の青交趾の方が上物です、。
by evian_th | 2009-07-31 15:46 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
東洋蘭・古伊万里鉢                    No.288
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◆2009年7月1日、。         古伊万里植木鉢

◆西暦1610年前後、九州有田の地に朝鮮人の陶工・李参平(金ヶ江三兵衛)によって日本で初めての磁器窯が開かれ、伊万里港から船出ししたので、この焼き物を「有田焼」とも「伊万里焼」とも呼ばれます、。
諸説あるようですが、大雑把に言うと・・・
1610年開窯から、1650年前後に「九谷様式」が入るまでを「初期伊万里、」と呼びます、。
1600年代の終わり頃に「柿右衛門様式、」が取り入れられ、厳密に言うなら、この頃まで(西暦1650年~1700年まで、)のものを「古伊万里、」と呼ぶのですが、あまりに厳格なので、ゆるめて、1800年代の初めにヨーロッパから「酸化コバルト釉薬」が入るまでの作品を「古伊万里」と呼ぶという説の方が支持されています、。現在では「古伊万里」とは、有田で生産された磁器で、幕末までの「呉須」絵付けのもの、程度の意味です、。
◆その分類で言うと、画像の鉢は「古伊万里・氷裂梅花文・草木模様植木鉢、」ということになります、。足から下の「氷裂文様」は古伊万里のシンボルデザインの一つです、。「梅花文様」も古伊万里に使われる文様です、。梅の花を更にデザイン化した「五弁花文様」は古伊万里のシンボルマークとされ、一つの大きな目安になっていますが、植木鉢に「五弁花」の描かれた物を見た事はありません、。食器には多く見られます、。画像の鉢下部の汚れは「時代」ですが、上部の茶色いのは単なる「汚れ」です、。
by evian_th | 2009-07-01 00:40 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
東洋蘭「楽焼鉢・七々子鉢」               No.283
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◆2009年6月、。   古典園芸用七々子古鉢

「七々子鉢」模様、は古くても明治時代後期から大正時代にデザインされた文様のようですが、昭和の初期の頃までは、現在で言う高級絵付け錦鉢よりも高価な最高級鉢でした、。それにしては、古さを感じる七々子鉢が無い、と書いたら、風来記常連さんがコレクションを撮影して送って下さったのでご紹介、。
①と②とは同じ万年青鉢の絵模様、。これが「七々子模様」の原型だったようです、。相当手が込んでる描き込みです、。初めはこういう風に描いたものだったんですね、。③の短冊屋のような蘭鉢に至って、上のデザインは完成し、こういう風に描かれたようです、。ま、これなら高価な代金を支払っても買おうて気になります、。このデザインが時代と共に転じて、数字の8の連続のような、金網模様のような現在目にする軽々しい絵付けに変化したようです、。(撮影・所蔵:飛田さん)、。
by evian_th | 2009-06-02 00:42 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
中国古鉢「塗り白泥ラッパ鉢、」             No.282
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◆2009年6月1日、。      中国古鉢「塗り白泥ラッパ鉢、宜興松亭」

この鉢は以前にも一度掲載したと思いますので、詳しい説明は省略、。「宜興松亭」落款、。中国清朝、乾隆年後期程度の鉢です、。塗り白泥は普通、鉢縁の上部まで白泥を塗り、内側は上部から朱泥のままなのですが、この鉢は白泥を内側まで5センチ以上折れ曲がって塗ってあります、。この点では珍しい鉢です、。高さ22センチと大きく、九花に使用された鉢だろうと思います、。
by evian_th | 2009-06-01 00:21 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
東洋蘭楽焼鉢                       No.280
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◆2009年5月、。     「楽焼秘囊」(1734年)て本

享保18年(1734年)の木版本、。前スレの本よりも35年古い出版、。1700年初めには「楽焼」の製法は確立していた様子が分かります、。ただし、それだけのことで、エビアンの知りたい「楽焼植木鉢、」の件など勿論書かれてないし、鉢の調べは何も進歩しない、。そもそも「植木鉢」の事だけを書き残した本なんて無いようです、。まして「楽焼鉢」なんて下手物扱いだったので何もありません、。もう、この方向から調べる事は無駄なようです、。他を探ろう、。1734年享保年間なんて、大岡忠相江戸町奉行の時代の本、こんな時代に「植木鉢」のことなんて、誰も書き残したりせんよなぁ、。方向転換~、。。・゚・(。つ∀≦。)・゚・。
by evian_th | 2009-05-26 00:21 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢



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