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五色楽焼秘伝抄というもの               No.279
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◆2009年5月、。    五色楽焼秘伝抄(1779年製)

安永7年(1779年)に手書き出版された「五色楽焼秘伝抄」、。木版じゃなく手書き、何冊も出せた訳がないから貴重品なんだろけど、まだ読んでない、。ヒョッコリ手に入った、。
by evian_th | 2009-05-23 11:53 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
東洋蘭鉢の釉薬など                  No.278
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◆2009年5月、。     東洋蘭に使われる釉薬・原石

◆「シルクロード」は絹織物を運ぶのに使われたところから「丝绸之路」と書きますが、それより昔は「ホータンの玉、」を運んだ道で、河南省洛陽市からシリアのアンティオキアまで数種類のルートで通じていました、。この道を使って地中海方面からの帰路、ペルシャから持ち帰ったものの一つに「呉須、」顔料があります、。14世紀から数百年は「ペルシャ呉須」を使ったようです、。
天然の「呉須」酸化コバルト土と長石にマンガンなどを含みますから、あの緑色を含んだような深い青色が焼成によって出るのです、。17世紀初頭に浙江省産の「呉須」が使われ始め、日本へも入るようになります、。九州有田焼きが作られ始めた頃と一致します、。「呉須釉薬」は主として磁器の絵付けに使われます、。1800年代初めにヨーロッパから入り始めた「合成呉須」は化学薬品の酸化コバルトで、色は明るく青色の強いものです、。明治期には瀬戸尾張で「合成呉須」を使った植木鉢を始め生活雑貨が大量に作られるようになって行きます、。「呉須」原料は土から染み出すものですが、手に入りませんでした、。上段左はお茶に溶いた液体の画像です、。右は1610年~1650年頃までに作られた「初期伊万里焼」、最初の頃は色が薄く、後に様々な濃さの呉須が使われるようになります、。「合成呉須」は「べんがら青」と呼ばれ、幕末の頃の浮世絵にも使用されています、。

◆同じような青色釉薬でも「瑠璃釉」というのは、アフガニスタン産「ラピスラズリ」から抽出した釉薬または顔料で、アルミニウムとナトリウムの珪酸塩と硫化物を含み、ウルトラマリンと呼ばれます、。6~7世紀アフガニスタンの寺院の洞窟画や中国キジル石窟画に使用されているのをヨーロッパ人が見つけ、イタリアルネサンス期にはミケランジェロが礼拝堂の天井画に使ったりしましたが、非常に高価な顔料だったため、キリストかマリアの衣装など極く一部にのみ使用したようです、。「ウルトラマリン顔料」があまりに高価なので、下地には安い顔料「アズライト、」を使用したようです、。
シルクロードを通ってアフガニスタンから「ラピスラズリ」が中国へ入り、「瑠璃釉薬」として使用され、日本へは17世紀初めに入り、主として、陶器の釉薬として使われます、。「呉須」と同じ時期に入って来た訳です、。
画像下左は「ラピスラズリ原石」、黄鉄鉱を含みます、。これの分離が難しく、ウルトラマリン顔料(瑠璃顔料)は(総重量の)2~3%しか採れないようです、。下段右は「アズライト原石」で、緑色の蛍石を含みます、。(ラピスの入手にはBBS駄々香ちゃんのお世話になった、感謝)、。

◆画像中段は、「京楽焼き加茂黒釉薬」原料の加茂川石と、それを粉にした「加茂川石粉、」です、。透明釉薬に溶いてお茶碗や鉢に塗り、低温度焼成すると酸化還元反応とかで、あの黒色の楽焼になります、。
加茂川石粉と瑠璃顔料とは、同じ釉薬で溶くのではないかと思いますが、はっきりとは知りません、。日本や中国でいう「瑠璃釉」の顔料が「ラピスラズリ」だけかどうかは不明です、。アズライトが混ぜてあったかも知れません、。アズライト顔料は艶の無い浅い青色になります、。ルネサンス時代の天井画の「空、」を描くのに使用されているのがアズライトだと思います、。ラピスラズリ顔料は金(GOLD)よりも高価だったようです、。(果たして楽焼万年青鉢に使用できたかどうか、アズライトを混ぜてあったのではないか、と思うのです)、。
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◆「呉須」も「ラピスラズリ」も「アズライト」も現在ではアフリカ、主としてコンゴ産のものが使われています、。
by evian_th | 2009-05-22 02:07 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
参考画像、「楽忠」落款の東洋蘭楽焼鉢        No.271
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◆2009年5月、。    「楽忠」落款の楽焼鉢(華幸園蔵)

これが、楽家3代目道入の弟・道楽の「楽忠」窯の楽焼鉢です、。スレッド270の「楽雅亭」との比較のために掲載、。270の真ん中辺の画像と、特に「鉢縁(ツバ)部分の上側の釉薬の仕上がり具合」を比べて御覧下さい、。こちらの方が”きめ細かく、ツヤのある仕上がり”になっているのが分かると思います、。3代目道入・別名ノンコウは、楽家15代の中でも一番人気の高い作家で、楽焼表面の黒釉も美しいものです、。
「楽雅亭」はその点、まだ釉薬や手法が粗く、ザラついた感じを受けます、。この点もエビアンが、2代目常慶の弟宗味ではないか、とする根拠です、。(華幸園さん所蔵品なので、画像使用許可は頂きましたが、保護のため風来記ロゴを掛けました、)、。
by evian_th | 2009-04-30 22:36 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
楽古鉢「楽雅亭、」                    No.270
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◆2009年5月、。     「楽雅亭、」落款の楽焼植木鉢

楽家初代の長次郎から数えて、3代目「道入」の弟「道楽」(別名・忠衛門)が大阪堺の地で開窯したのが「楽忠」窯であることは盆栽界では知られている事です、。この「楽忠」と非常に作風が似た鉢に「楽雅亭」があります、。現時点でのエビアンの推測ですが、「楽雅亭」窯は、楽家2代目「常慶」の弟「宗味」が開窯した脇窯ではないか、と思われます、。
画像の鉢と全く同じ模様同じ釉薬の鉢で「楽雅亭」落款のものと「楽忠」落款のものが現存し、「楽忠」の方は黒釉薬表面が緻密で艶が有るのに比べ、「楽雅亭」の表面は、「道安黒、」と呼ばれる全体に艶が乏しく柚肌(ゆずはだ)粗い作りになっています、。これはそのまま「お茶碗」に於ける「常慶」と「道入」の作風の違いに当てはまるからです、。

古典園芸植物に使われる「楽焼鉢」は、幕末・文政年間1820年頃の”素人のお庭焼き”京都「短冊屋」に始まった、というのが業界の常識となっています、。ご紹介した鉢は、古典園芸植物とは離れた所にある、「楽焼植木鉢」としての”古典の作品”です、。「楽雅亭」「楽忠」共に、お椀型・すり鉢型・口広浅底の鉢が多く、画像のような「蘭鉢型」は珍しいものです、。(口径22センチ、高さ20センチ)、。
by evian_th | 2009-04-29 11:14 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
京楽焼き「短冊屋七々子蘭鉢」             No.262
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◆2009年4月2日、。     京楽焼き蘭鉢「短冊屋七々子鉢」の説明画像
by evian_th | 2009-04-02 14:16 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
東洋蘭用の京楽焼鉢「短冊屋七々子鉢」        No.261
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◆2009年4月1日、。   東洋蘭用の短冊屋製京楽焼七々子鉢

京都短冊屋製の七々子模様楽焼蘭鉢、。
古い七々子鉢を持ちたいと思って探したのだけど、無地の黒楽鉢なら江戸末期か明治初期のものに出会うのに、七々子鉢の”土目や作りが古いもの”には出会わない、。明治45年出版の万年青の本にも”七々子模様”は描かれてない、。七々子は模様扱いされてなかったか、明治末期には存在しなかったか、のどちらかという事になる、。七々子模様の描かれた鉢は肉薄く、作りも近代的な印象なので、「七々子模様」そのものが少なくとも明治以降、大正・昭和のものなのかも知れない、。鉢の薄さや軽さからして、そう考えるのが妥当なように思われます、。
画像は短冊屋の七々子鉢、。横から画像では、短冊屋とは分からないし、そこそこ古い鉢だという事自体が判然としませんが、手に持って、上から鉢縁や鉢内側への加茂黒釉薬の落ち込み具合を見ると、一目瞭然です、。昭和の初め頃の鉢です、。
by evian_th | 2009-04-01 00:17 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
平安東福寺「瑠璃釉正方蘭鉢」            No.252
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◆2009年3月、。    東福寺製「瑠璃釉蘭鉢」

昔の世田谷区民会館で「瑠璃広東鉢」に植わった翆蓋を見てから、あの瑠璃釉の鉢が気になって、何時かは出会うからきっと買おう、と決めていた、。昨秋の華幸園展でこの鉢を見た時には、ついに出会ったか、と思ったのですが、外見は瓜二つの「東福寺」だた、。「瑠璃広東」なら半値か三分の一で買えるのに、。
「東福寺」は水野喜三郎さんが開いた工房ですが、窯は借り窯でしたので、小さな鉢が多く、現存数は鉢作家の中では多い方、2~3万点くらい制作したようです、。多いのは小盆栽用の小鉢で泥物、。釉薬掛けでは「緑釉・瑠璃釉・珊瑚釉」などがありますが、”蘭鉢”と呼べるほどの大きな鉢は非常に少ないものです、。
画像の鉢は、いつもの黒背景・茶色花台では反対色のために綺麗に見えず、蘭と同じ青いグラペで撮影しました、。鉢表面の釉薬の濃淡の具合が写っているかどうか分かりませんが、。若いころに憧れて拝見したのと全く同じに見える鉢を40年ぶりくらいで自分の手で好きな時に触れられるのは幸せです、。想い続ければ願いは叶う、(こともある、)んですね、。直径15.5センチ、高さ16.5センチ、。数字で見るよりも実物は大きく感じます、。
by evian_th | 2009-02-28 00:59 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
楽焼鉢「五柳、」絵付け                No.245
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◆2009年2月1日、。     五柳絵付けの万年青用楽焼鉢

楽焼鉢の絵師「五柳、」には、狩野派末裔の絵師という顔と同時に、楽焼植木鉢の絵師職人、という一面を持ち合わせている、。作品によって、その時々の顔を見せるのですが、ここにご紹介するのは、職人絵師五柳の腕前の凄さを見せつける作品です、。綺麗に見せよう、よく見せよう、というような甘えを一切感じさせない、ただひたすら淡々と、しかも、この”わずか2寸五分”(ヘリ直径、8.2㎝)の万年青鉢の中に、持てる実力を全て注ぎ込んだように、一分の隙もない描き込みをこなしています、。正に職人技の局地を見る思いがします、。これだけ拡大してもなお、鉢の小ささを微塵も感じさせない、この「五柳」という職人の腕前は、どうよ、。
「五柳鉢、」は素晴らしい鉢があちこちに有るのですが、エビアンの友人Tさん(BBSの駄花ちゃんだけど、^^、)所有の鉢が「絵付け職人五柳、」の燻し銀のような腕前を一番よく表現できていると思うので、芸術的作品ではない職人技五柳作品をご紹介しました、。

狩野派仏画から引用と思われる「雲型文様」が縁の直下や足など、あちこちに見られます、。波文様を描くのに用いた”イッチン"使いにも五柳独特な技が見られ、イッチンの一本一本の端をワザと見せる使い方をしています、。時代乗りも素晴らしく、2寸五分の五柳の宇宙の姿です、。

(この鉢は、ニュウが入ったり、少し欠けがあったりするのですが、今はプロの手によって繕われています、。画像は繕い前の状態です)、。あ、「台」となっている鉢は短冊屋です、。
by evian_th | 2009-02-01 01:25 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
黒楽焼万年青古鉢                   No.239                
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◆2009年1月4日、。      黒楽焼万年青古鉢
2009年の第一番目は、「楽焼鉢」史上意味のある万年青鉢をご紹介します、。
昔、何かの本で「楽焼鉢」の歴史のことを読んだ時には・・・「楽焼鉢は京都で制作されていたが、加茂川石が天然記念物に指定されてからは、徐々にその生産は減り、愛知県へその主体を移して行った、」と書いてあったけど、調べ始めてみると、そんな単純簡単なものでは無かった、。そこには、日本の歴史上の出来事と京都や東京の文化と古典園芸の文化とが深く絡み合った文化の歴史がありました、。
この鉢は、エビアンの持っている「黒楽焼鉢」No.2です、。この鉢の持つ意味は「東洋蘭風来記奥部屋2009年1月4日、」に記します、。縁の外径:約15センチ、高さ:約14センチ、。外径では5寸鉢に相当しますが、胴部分の太さは5.5寸鉢の様子です、。ズッシリと持ち重り感のある鉢です、。この重々しい存在感は、どうよ、。
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◆黒楽焼鉢の表面にかけられている釉薬としての「加茂川真黒石」が本当に天然記念物に指定されているかは不明です、。京都府や市の文化財などに指定されているかも不明です、。採取禁止になっているのかさえも疑わしい程、。ネット上に「加茂川石採取記」が沢山あるし、ヤフオクにもよく出品されるので、。
なんだか、過去の本に書かれたり言い伝えられたりして来た事は、相当いい加減だな、という印象を持ちます、。一つずつ検証して行けば、いずれ全貌が見えて来るでしょう、。
by evian_th | 2009-01-04 00:06 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
京楽焼植木鉢「短冊屋」製             No.230
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◆2008年12月1日、。  京楽焼「短冊屋」の紫金牛丸形鉢

◆「短冊屋」の鉢、。多分、「紫金牛鉢」、。
BBSで質問のあった「短冊屋」か「短冊家」か、に端を発して調べ始めた「楽焼鉢の歴史」だったのですが、屋号の漢字よりも謎の問題があって悩ましい、。
「ごりゅう」とは何か?、という壁にぶち当たっています、。
万年青界の先人達の書いた文章もこの点では実に曖昧で、「短冊屋・五龍(柳)鉢」は・・・というような表現で逃げていて、この問題と対してなくて、役立ちません、。
「五柳」は、京狩野の流れを受け継ぐ明治時代後期から大正・昭和まで実在した人物だったろうと思われます、。では「五龍」とは何か?、。人物なのか短冊屋の製品なのか?、どこを探しても、今の所この答えが見つからないで居ます、。「五龍」というのは短冊屋の製造鉢全体を指すのか、短冊屋製品の一部分を指すのか、「五柳」と「五龍」との関係は?、と、ここんとこが判然とせず、資料探しを続けています、。「五龍」がどこから出た言葉なのかも分からない、。(「五柳」のことを「ごりゅう」と耳で聞いて「五龍」と書き続けたアホが歴史の昔に居たんじゃないのか?、と思いたいくらい、)、。

画像の「短冊屋鉢」は、昭和・平成の絵師が「波文様」を描く時の参考にした(真似た)と言われる鉢です、。
by evian_th | 2008-12-01 00:31 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢



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