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手島鉢「霞取りに波千鳥」          No.649

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◆2021年3月、。     釜揫手嶋揫二窯「霞取りに波千鳥紋蘭鉢」、


1月と2月では「手嶋揫二窯」の総絵付け鉢を掲載しました、。今月はお馴染みの「波千鳥紋蘭鉢」、
手島窯の製品の三河鉢全体の中での特徴が明確ではないという理由から、見分けが付けやすい「波千鳥紋蘭鉢」ばかりが良く知られ、他の文様は無いように思われがちでした、。1月は資料から、2月は陶土の種類と鉢の癖から「波千鳥紋以外」にも手島窯の製品はあったことが知れました、。

今月3月は手島初代・釜揫手嶋揫二「霞取りに波千鳥紋蘭鉢」です、。
使われている陶土は「西端粘土を主体とした陶土」、霞取りの中には瑠璃釉の点々(七々子)が打たれているところから見て明治30年に手島窯が東京駒込団子坂へ窯を移し「動坂の楽忠」と出会って「瑠璃釉の配合を教えられて以後の作品」だと思われ、明治後期の作だと判断できます、。
三河鉢の中から手島鉢を見分けるには上掲画像7枚目の「足部分」に釜揫独自の曲線が現れている所から判断します、。他にも見分けのポイントは有りますが、まぁ足の曲線だけでも見分けられます、。垢抜けた上品な鉢です、。口径12.3センチ、高さ16.3センチ。(愛知県・杉野達実氏蔵)

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「波千鳥文様」によく使われる「チドリ」と呼ばれる小鳥は、波打ち際で餌をついばむ多くの小鳥の総称で、検索すると「チドリ目」は「チドリ亜目・シギ亜目・カモメ亜目」に大きく分類され、「チドリ亜目」は更に「マゼランチドリ科とチドリ科」に分かれ、更に更に「チドリ科」の中に・・・と細分されます、。「東洋蘭」の中が細かく分かれるのと似て居ます、。ごく一部の写真を下に掲載、。
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手島鉢「霞取りに波千鳥」          No.649_b0034163_20525981.jpg
子供の頃に見た浜辺には「チドリ類」が沢山舞い降りて餌を啄ばんでました、。まさかこんなに多くの種類の鳥が含まれていたとは思いもしなかったことです、。愛知県西端地方には、さぞ多くのチドリが居たのでしょう、。豊かな海ですから、。釜揫・手島揫二が愛した故郷の風景です、。
手島鉢「霞取りに波千鳥」          No.649_b0034163_20530753.jpg









# by evian_th | 2021-02-28 21:00
余剰苗■■■8
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余剰苗■■■  No,1 「香豆弁蘭・黄の宴」、。葉葉豆弁蘭には珍しく歯肉が厚くシッカリしている品種です、。2本建ち花Ⅰ本、。5枚50センチ→新木5枚(50センチ)、。エビアンの命名では無く商人さんの命名です、。
価格:
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# by evian_th | 2021-02-28 10:19 | 余剰苗
西端手島鉢          No.648
西端手島鉢          No.648_b0034163_11554446.jpg
西端手島鉢          No.648_b0034163_11555465.jpg
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西端手島鉢          No.648_b0034163_11562023.jpg
◆2021年2月、。     西端粘土の手島鉢、


記事を書けずに居る間に日付が替わってしもた、。・゚・(。つ∀≦。)・゚・。
2021年の2月になりました、。この辺の季節の移ろいの記憶は鮮明で、昨年2度目の入院が2月でした、。コロナウイルス感染の蔓延して行く時を病院の中から見ていた訳です、。2月はまだノンビリしていましたね、。医療現場の緊張感がガラリと変わったのは4月初旬です、。あれから1年か、。

ドサクサに紛れてもう1個「西端陶土の手島鉢」、。愛知県碧南市西端の地下から産する土、。
「西端粘土」と他の粘りが強かったり肌理が細かな土とを混ぜて「西端陶土」は出来上がってます、。なんしろ西端粘土は◆小石のような砂利のようなものが混ざっていてザラザラしている、。◆色は赤味を帯びている、。◆窯の中の膨張や収縮で割れやすい、。・・・などの特徴があり、桃源社メンバーも苦労したところです、。

「釜揫手島揫二」にしろ「錦園堂手島揫二」にしろ、知られている絵付けは「波千鳥紋」ばかりで他の絵柄は見分けが着かないので「三河鉢」に紛れています、。
他の人の所有鉢を「これは三河ですね。」などと言おうものなら機嫌が悪くなってしまう、。三河は安物という固定観念は強く根付いていて、正当に評価するのも困難ですが、その内には見直されるときも来るでしょ、。

画像の鉢は6枚目画像を見て頂くと、鉢の内側が縦に割れてますでしょ?焼成時の「窯傷」よね、。コンデジでは微妙な色が写らないけど、陶土は赤味を帯びてます、。温かみのある赤色、。
「釜揫手島揫二の鉢」と判断したのは,そんな訳で主として「陶土」が西端陶土だったから、。1箇所だけ、ほんの1箇所だけ「手島初代の曲線がほんの少しでているところがあったこと」、。で明治18年から大正7年までの初代・釜揫・手島揫二の鉢」と決めました、。もし違ってれば「鉢善 伊藤善之助」の鉢ということになりますが、名も通ってない人じゃショボい、それでこの鉢は「初代の手島鉢」、。

絵付けは「雲龍図」腰部分は「雷紋(稲妻紋)」、。もうちーと龍の描き方が上手けりゃな、。まぁそれでも手島の総絵付けは貴重品だ、。
先月は2代目、今月は初代、。
(123mm×175mm、)


西端手島鉢          No.648_b0034163_11564638.jpg
愛知県・三河鉢のそもそもは西端楽鉢、。常滑から呼び寄せた陶工滝田椿渓の指導の下、西端で作られた楽鉢を「三河鉢」「西端楽鉢」「剛珍焼き」と呼びます、。
「手島揫二鉢」は、この「西端楽鉢」を東京へ広めるために東京駒込団子坂「手島揫二窯」で焼かれた鉢です、。
「手島鉢」の詳しくは、「園芸JAPAN」誌2018年12月号に掲載されています、。
西端手島鉢          No.648_b0034163_11563938.jpg








# by evian_th | 2021-02-01 00:51 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
日満華蘭蕙大展覧会記念手島鉢          No.647
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◆2021年(令和3年)1月、。     日満華蘭蕙大展覧会記念手島鉢、


◆昭和16年4月16日17日18日に東京府立上野美術館に於いて開催された
日満華蘭蕙大展覧会」の時に(恐らく)出品者に配られた「二代目錦園堂手島揫二製作の記念蘭鉢」です、
口径16.5センチ高さ22センチで5寸5分の大鉢ですが、実際に手に取ると6寸鉢ほどの大きさに感じる鉢です、。恐らく胴部分の太さが5.5号鉢よりも太いのでしょう、。

実は画像の鉢はこの展示会の正式な記念鉢ではありません、。正式な鉢は6号鉢3~4個が作られました、。当時の東京には楽鉢窯元は「錦園堂二代目手島揫二窯」しか存在しませんでしたので手島が受注し”台の鉢”のみ作りました、。絵付けは外注で手島では無い陶画工(絵師)に注文され、正式なものには「純白の鳳凰模様」が描かれました、。(多分鳳凰だったと思いますが、エビアンは実際に見たのですが、純白の鳳凰というのも変な話で白鳥とか丹頂鶴とか白鷺だったのかも知れません)、。
それで画像の鉢は、その展示会の出品者や協力者などに配られた(商人が別注した)記念鉢だったものと思われます、。

こちらの鉢も絵付けは二代目手島揫二とは思えません、。イッチン使いは手慣れてはいるのですが、果たして楽鉢作者がこのような突飛な絵付けをしただろうかと思うと、違うような気がします、。手島揫二の総絵付けがどんなものか不明ですが、手島は「気に入った!」となったら「その絵付けばかりに偏る傾向がある」ように「波千鳥紋」を見る度に思うので、もしもコレが手島なら他にも沢山の古代の壁画風(こういうのを何と呼ぶのかな)同じような絵付け鉢が残っているはずなのに見ません、。メインの「鳥人間」のようなのは分りませんが、その横など空間に描かれた絵は絵文字かも知れないのでヒエログリフと呼んでも良いのかも知れません、。

画像7枚目の「鉢裏画像」をよく見て頂くとお分かりのように、この鉢は「胴体を作った陶土」と「足を作った陶土」は別々の陶土です、。
「足」の方は、親子2代に渡って思い出の出身地である「愛知県碧海郡の西端粘土」を使ってあります、。「足」だけ土が「赤い」でしょ、。(二代目錦園堂・手島揫二は初代の娘婿で愛知県西端出身・明治16年生まれの杉浦文治郎といいます)、。

昭和16年4月と言えば日本はまさに戦争中です、。その戦時下に於いてもこのような文化行事が催されたのは記憶すべき事です、。「春蘭趣味」というのはそうであるべきなのでしょう、。

この項、ご協力者:手島揫二画像提供は岩田秀生様(萬年青界)、。日満華大展覧会資料コピーは園芸JAPAN誌・大塚剛史様、。アドバイス:華幸園住田幸弘氏、。鉢納品は相生園芸センター浜崎輝夫氏、。ご協力に感謝!!!,、。

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当時のポスター
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どこかのフィルターに抵触するらしく、記事が削除され真っ白画面になってしまうので、書きたいことを書けなかった、。

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# by evian_th | 2021-01-02 21:24 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
布施覚鉢製造終了          No.646
布施覚鉢製造終了          No.646_d0103457_23574456.jpg


布施覚鉢製造終了          No.646_d0103457_23574927.jpg


布施覚鉢製造終了          No.646_d0103457_23575654.jpg


布施覚鉢製造終了          No.646_d0103457_23580751.jpg

◆2020年12月15日、。     布施覚鉢の製造終了!!


コロナウイルスによる激動の2020年(令和2年)を終えるに当たりどうしても書いておかなければならないことがある、。
もう既に皆さん御承知だとは思いますが・・・

現代絵師(陶画工)として本邦随一の名声を長年に渡り独占してきた「布施鉢」の制作者「布施覚氏」が今年3月初旬から行方不明です、。
最後に携帯で話した人が「今どこに居るか」と訊いた所「山の中だ」と答えられたそうだが、それが3月上旬の夜8時ごろだったといいますからチョッと異常なものを感じます、。布施さんの家や家財道具・仕事関係のもの・制作中の鉢に至るまで、家の中のもの一切は3月中旬には誰かの手で片付けられたようです、。何も残っていません、。病気にでもなって施設や病院にいるのかどうなのかも一切分りません、。一緒にゴルフをするような親しい商人さんも、布施さん個人の家族のことなどプライベートなことは一切知らないので、布施さんのその後がどうなったのかを知る人は蘭界には居ません、。

そんな訳で、今後「新たな布施鉢」が誕生する余地は無くなっています、。
「布施鉢」は昭和・平成・令和・と作り続けられ、蘭界・萬年青界・風蘭界・長生蘭界に作品が残っています、。
台となる鉢の窯元は「愛楽園」や「澤製陶」の鉢で布施さん自身は絵付けをするだけの純粋な「絵師(陶画工とうがこう)」にすぎません、。それなのに「布施鉢」と呼ばれるのはその絵付けの腕前が天才的だったからでしょう、。
楽鉢歴史上で絵付けだけで鉢を呼ばれるほどの絵師は「五柳寿運」と「布施覚」しか居ません、。

50年後・100年後に残る現代鉢があるとすれば「布施鉢」はその筆頭でしょう、。
加茂黒を使った素焼き鉢に古い時代の石の粉で作った顔料を使って絵付けされた「明治期の古典鉢」はその存在数が少なすぎて需要を満たせない現実からすれば、また最近では中国も買い入れている状況からすれば、「布施鉢」辺りが最も需要が多い鉢になるのでしょう、。

「このまま今年を終える訳には行かないから、布施さんのことを一度書くよ」とエビアンから伝えると、「あまり激しい言葉では煽らないでくれ!」と商人さんからは釘を刺されてるからこのくらいにします、。値上がりするのは困るみたい、。・゚・(。つ∀≦。)・゚・。でもな、必然だよな、。

布施覚鉢製造終了          No.646_d0103457_23595425.jpg









# by evian_th | 2020-12-15 15:00 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
錦園堂二代目手島揫二         No.645
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◆2020年12月、。     錦園堂・二代目手島揫二「波千鳥紋蘭鉢」、


師走!!,、。
早くも「師走」、。今年も多くのご訪問者様にお世話になりました、。昨年の今頃には予想もしなかった時代に突入しています、。風来記ご訪問の皆様方の御安全を何よりも願っています、。(昨年12月から本年4月まで入退院を繰り返したエビアンに心配されてもご迷惑な話でしょうけど、)、。「おまゆー」という声が聞こえて来そうです、。・゚・(。つ∀≦。)・゚・。
で、それ(コロナ)に伴って「蘭界」も激変している最中で、まだどうなるかの結論は出ていません、。世界中のあらゆる仕組みの有りようが問われ変化を余儀なくされている最中です、。

「東洋蘭風来記」では「余剰苗出品」の復活もあり、以前にも増して蘭界発展に協力していこうと思っているところです、。
蘭界で今、最も問われているのは「交換会の有りよう」です、。二番目が「展示会」、。
「交換会」の方は恐る恐る開いてみたりする所も出て来てはいるのですが、以前のままを復活させただけではいずれ感染者が出て中止に追い込まれるのは目に見えていますから、徐々に模索して行くことになるでしょう、。
「ネット」への依存度が強まると現段階では見られています、。事実「ネット系商人」さんの売り上げは伸びているようです(今のところは)、。先がどうなのかは未知数の世界です、。
「スマホ」への依存度が高い日常では「ネット東洋蘭」がある程度まで伸びるのは理解できます、。

じゃぁ「東洋蘭風来記」は頑張らないといけないなと思っている今年の12月のエビアンです、。
皆様方のご協力が必要です、。15年前から奥地蘭や中国蘭を東洋蘭風来記から人気出来たのは、皆様方のご協力の賜でありエビアンの誇りです、。
コロナ時代の東洋蘭界を切り開くのも東洋蘭風来記からと思って努力するつもりです、。
何卒宜しくご協力の程をお願い申し上げます、。
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「錦園堂二代目手島揫二窯」の「波千鳥蘭鉢」、。
実は来月の参考のための掲載です、。最も二代目らしい作りをされた鉢は、と考えるとこの波千鳥になりました、。
二代目手島揫二が錦園堂と名乗り楽鉢を製作するのは大正7年、初代・釜揫手島揫二の他界に伴って窯を引き継いで以来です、。当然、大正7年以前から初代の製作を手伝ってはいたでしょうけど、大正7年までの作品は初代のものとされます、。二代目は大正時代の残り7~8年と、昭和18年に空襲で窯が壊されるまでの、合計25~26年間の製造です、。

「初代・釜揫手島揫二」は愛知県三河地方の地下から産する「赤味がかった西端粘土」で作品の大部分を作りました、。西端粘土は目が荒くて割れやすいので他の粘土を混ぜることもありましたが基本は「西端粘土」です、。
「二代目・錦園堂手島揫二」は愛知県猿投産の地下40メートルから採れる「木節粘土(キブシ粘土)」で作品を作りました、。基本的に手島窯は「大正7年」を堺に陶土が変化します、。
今月上掲の蘭鉢は「陶土も手も」二代目の特徴を良く表わしている作品です、。
大きさを訊いてないのですが、印象で言うと5寸から5.3寸くらい、。(飛田邦之氏蔵)

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<楽鉢各部の名称>、。「鉢縁下」(はちべりした)、段替わり(だんがわり)、
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# by evian_th | 2020-12-01 00:38 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
お陰様で満16年          No.644
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◆2020年11月、。     お陰様で満16年、


東洋蘭風来記
お陰様で満16年、。
多くのご訪問に感謝!!!,、。今後とも何卒宜しくお願いします、。

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お陰様で満16年          No.644_b0034163_22470562.jpg





# by evian_th | 2020-11-19 22:53 | 東洋蘭(春蘭)
浮田楽徳万年青鉢五柳風            No.643
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浮田楽徳万年青鉢五柳風            No.643_b0034163_17123857.jpg
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◆2020年11月、。     初代浮田楽徳万年青鉢、


早いもので、もう11月、。コロナ・コロナと騒いでいる内に1年が過ぎようとしています、。
「コロナウイルス」に罹れば下手すりゃ1週間の命、という考えがエビアンを「今の内に楽鉢コレクションの箱書きを・・」という気持ちにさせました、。

画像の「チョッと見の五柳鉢」も「箱書き」を進める内に4~5年ぶりに手に取ったのです、。以前はこの鉢の事を「浮田楽徳窯の鉢に五柳寿運の絵付け、」だと思っていたものです、。時間は人間を育てますね、。今回これを見た瞬間に過去の考えは間違いだったことがすぐに判りました、。普通に「浮田楽徳の台に浮田楽徳自身の絵付け鉢」だと判断しました、。言ってみれば「単に浮田楽徳窯製の万年青鉢」に過ぎません、。

じゃぁ上掲5枚目や6枚目画像に見える「鉢内側の白丸とその両側の青色と赤色の点」は何者であるか?、五柳鉢じゃないのか?、と当然ながら疑問が湧いて来ます、。
初代浮田楽徳は江戸後期1830年の生まれ、1861年に31歳で窯を開き、幕末の数年間と明治時代45年間を造り続け、大正元年83歳で他界します、。
「五柳寿運」は短冊家の最隆盛期を強力に支えた外注絵師です、。エビアンは、この二人の関係は血の繋がった身内、叔父甥か従兄弟の関係、年齢差30歳かもう少し、だと考えています、。
短冊家の隆盛期は明治25年に「短冊家錦画鉢模様控」を作り、45年後の昭和10年に「短冊家価格表」を発行していますから、その頃まで、昭和15年くらいまで五柳寿運は生きたと思われます、。
そうだとすると、大正元年に83歳で他界した楽徳よりも30年後まで五柳の方が活躍した(生きた)わけで、年齢差も30年程度かもう少しかなぁと考える訳です、。

・・・であるとすれば、「楽徳が五柳鉢を真似るのは変だ!」と思ったのです、。五柳の狩野派絵師としての師匠格の楽徳が「五柳写しを造る筈がない、」のです、。
年齢差から考えても、「この、鉢内側に白い丸印を初めに描いたのは楽徳の方ではないか、」「五柳は師匠が時々白丸を描くのを見て、師匠了解の上で自分の作品にも丸印を入れるようになったのではないか、」、年齢差、時間差から推察すれば「楽徳が先だ」と思う方が自然の流れです、。
上掲の画像を見ながら、そう思った訳です、。

古典園芸界ではこの「五柳の白丸印」について諸説語られてきました、。今また新しい考えを付け加えたいと思います、。今後の検証の参考になれば光栄です、。
弟子が師匠の真似をするのは職人の一段階ですが、師匠が弟子の真似をした作品を作ることは有り得ません、。五柳は楽徳よりも30歳以上年下です、。この辺を考え合わせて頂きたいと思います、。



浮田楽徳万年青鉢五柳風            No.643_b0034163_17132466.jpg
「楽徳が白丸印し」を描いたのは何のためか?、は判断が付きません、。「五柳はサイン入りの鉢も五と柳の落款」も存在するけれど、全部の自分の絵付け鉢に「白丸」を描いたのも「一種のサイン」でしょう、。他の目的があったとは思えません、。
「楽徳はなぜ最初に鉢内側に白丸を描いたのか」は,今後の研究で答えが出るかも知れません、。
浮田楽徳万年青鉢五柳風            No.643_b0034163_17160210.jpg
エビアンは自分の所有する鉢以外の「○が2つ」や「○の両側に青色の点」などの鉢を見たことがありません、。それらが全部「浮田楽徳鉢」かどうかも写真さえ見てないので判断できません、。
「浮田楽徳の鉢」である場合は、それらは「五柳写し」ではありません、。「五柳よりも古い絵付け鉢」の可能性があるからです、。
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年末になって、とんでもない爆弾を落として申し訳ありません、。・゚・(。つ∀≦。)・゚・。だから「東洋蘭風来記」は面白いのだ!!,、。
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# by evian_th | 2020-10-31 22:00 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
浮田楽徳二代目「雲龍図蘭鉢」            No.642
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◆2020年10月、。     二代目浮田楽徳「雲龍図蘭鉢」、


浮田楽徳二代「雲龍図蘭鉢」、。
10月の鉢画像を探す内に相生園芸のフォルダーで見付けた鉢をご紹介、。1枚目画像のように「望月」を入れて売ったようだ、。(1枚目画像のみ撮影は園芸JAPAN誌大塚編集子)、。

「二代目楽徳鉢」の典型的な特徴を持ち合わせています、。すなわち、上半身のスマートさとは釣り合わないゴツイ印象を受ける足の形をしています、。
この足をした蘭鉢・万年青鉢は多く、あまりにも特徴強い鉢でありながら窯元を特定できず、京楽にはエビアンの知らない第6の窯元が在ったのかも知れないと思い続けて来ました、。約1年前に楽徳窯には「二代目・三代目」が居た事が判明するまでは、。
初代浮田楽徳は1830年生まれ大正元年没83歳、二代目楽徳は大正元年~大正12年61歳、三代目は大正12年~、。ということが判明したのです、。
京都「短冊家」が代替わりの継ぎ目が判然としない一連の作品作りである事とは正反対のように楽徳窯は個性の強い3人の親子によって引き継がれました、。

画像の鉢は、エビアンが撮影したようです、。スッカリ忘れていて相生園芸に電話で問い合わせたほどです、。相生さんが言うには「エビアンがスルーしたので望月を入れて現所有者さんに売りました。」てことだた、。どうもエビアンはこの鉢に手を触れカメラで撮影したようです、。全く記憶にない、。・゚・(。つ∀≦。)・゚・。その時にお金が無かったのかこの鉢が気に食わなかったのかでしょう、。いい鉢なのに何故見逃したのか不思議、。・゚・(。つ∀≦。)・゚・。

鉢縁が薄く足がゴツイこの鉢は、個性的な龍図の描き方と共に質の悪いテールベルトが時間の経過によって青色に見えるほど変質し、その事が強烈な印象強さになっています、。短冊家が使うテールベルトは高級品で時間が経っても緑色が残りますが、楽徳が使う物は品質が悪く緑青色に変化した鉢がほとんどです、。値段が相当違ったのだと思います、。
「黄花素心望月」を入れられたこの鉢は2年前の全国日本春蘭春季展示会に出品されて最高賞の栄誉に輝いたツキの強い一面も持ち合わせています、。
4寸5分鉢、。(下村健造氏蔵)、。

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# by evian_th | 2020-09-30 22:44 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
秋季展示会2020               No.641
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◆2020年9月20日、。     秋季展示会2020、


◆「全春連」と「大阪東洋蘭会」は中止です。「全東連」は下記の要綱で開催されます、。






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◆交換会情報◆

◆京都7日会  ーーーーーーーーーーーー  2020年10月7日から開催!!

◆四国高松広田神社交換会(旧:高松28日会)  ーーーーーーー 2020年10月第3土曜17日から開催!!


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まぁ大体上記の通りです、。コロナ第2期パンデミックの終わりごろに当たる訳ですが、感染した場合の治療法や治療薬も確立していない今秋は愛好家主催の展示交換会は開きにくいのが現実です、。
来年の今頃は、オリンピックも終わり、良い方か悪い方かは分かりませんが今年とは様子が違っているでしょうから開催の具体的について検討しやすい環境が整っていると思います、。

◆商人さんは温室開きのような形式で展示即売会を各個人レベルで開いて頂き、愛好家はそれを利用して頂きたいと考えます、。

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# by evian_th | 2020-09-20 00:24 | 東洋蘭春蘭展示会



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