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東洋蘭・楽焼鉢の歴史・途中経過           No.356
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◆2010年8月、。    京楽焼鉢の歴史調べの途中経過

「京楽焼鉢」(楽焼鉢)の歴史などを調べ始めて約3年程度が経過しました、。一度、途中経過を、。
当初は現物の鉢も資料も多く残っていて調べ易い東京楽焼鉢の「手島揫二鉢」から調べ始めました、。、手島揫二窯の開窯は大正7年頃なので、これを中心に、調べを広げて行くのが最も手っ取り早いと思われたからでした、。
だから、初めの頃は「大正時代を中心に、その前後の時代に楽焼鉢は隆盛を極めたのであろう、」と見当を付けての作業でした、。
その頃、最も気を配った事柄は、「楽焼鉢の製作時代を古く言い過ぎないように、」と気を付けて始めたのです、。初めに古く言ってしまって、後で「新しいものでした、」とは言いにくい、訂正しにくいだろうと考えたのです、。ここの所は慎重に進めたつもりです、。
「手島揫二窯」に関しては、おおよその全体像が比較的早い時点で判明したのですが、(こちらの都合で、)風来記に書けない壁に当たり、以後は「京都の京楽鉢」へと移りました、。

この頃、一つの大きな思い違いを起こしたようです、。
「東洋蘭」に関して、いつの時代にどんな種類の蘭が栽培されていたのかを考えて、「比較的大きめの蘭鉢を作っていれば時代は新しい、」と思ったのですが、これは間違いだったようです、。「万年青鉢」は万年青の流行を考えながら、鉢の大きさと時間的な関係から時代設定をしました、。作業を進めると、万年青鉢では古い窯や絵師だと思われたのに、大きな蘭鉢を作っていたり絵付けしていたりしてある物が見つかると、時代を下げて考え直したのですが、当初エビアンが思ったよりも古くから「大きめの蘭鉢」も存在したようです、。言い訳になりますが、「時代により栽培品種は変わり、鉢の需要も変化したでしょうから、需要のある鉢が供給されたハズだ、」という考え方は間違ってはいなかったハズです、。

明治時代の中期頃には、あまり大きな東洋蘭鉢の需要は無かっただろうと思ったのですが、「五柳鉢、」を始め他の絵師や窯元の鉢にも明治中期には大きめの東洋蘭鉢は存在します、。この事が当初、それら絵師や窯元の鉢が新しいと思ってしまった原因でした、。これを資料的に納得するのに1年間以上の時間を要しました、。

「明治」という時代が「楽焼鉢」にとって(台の形や絵付けに、)最も大きな変化を遂げ、充実した多くの作品が作られた時代だということが、資料から納得できるようになって来ました、。
初め、明治は「五柳寿運」という稀有の名絵師を中心に、中~後期に発展したのであろうと思ったのですが、これも、「五柳」以前に既に形も絵付けにも素晴らしく完成した鉢は作られていた事が判明して来ました、。今、明治時代の鉢を前期から順に中期・後期と並べられるくらいまでにはなって来ています、。
「楽鉢」の製作年代に関しては、今では最初の頃と比べると、時間的に20年~30年間古く見直すようになって来ました、。

目下の不明な点は下の2つの事柄です・・・
◆明治大正時代の京都における短冊屋以外の窯元の名前や窯の場所、。
◆江戸末期(幕末を含む)の鉢と明治との境目が判然としないこと、。


「風来記」では、「楽焼鉢」の時代区分用語を下記のようにしています、。
◆「楽忠衛門窯」の開窯が1656年(明暦2年)であることから、西暦1600年代を江戸初期、。
 1700年代を「江戸中期」、。1800年から明治維新1868年までを「江戸後期」、。「幕末」という 用語は古典楽鉢界でしばしば使用される用語ですが、1853年のペリー来航から明治維新までの15年間  の鉢を特定するのは不可能なので、「江戸後期(幕末を含む)」というような表現になると思います、。
◆明治時代は45年間なので、明治元年~明治15年を「明治初期」、。明治15年~30年を「明治 中期」、。明治30年~45年を「明治後期」と表記します、。
◆大正時代は15年間なので、手島揫二窯の開窯までの大正7年で区切り、「大正前期」「大正後期」としま  す、。
◆エビアンが昭和初期と書く場合は、終戦の昭和20年までを指します、。中でも特に、昭和元年~開戦15年までくらいを思っています、。

◆明暦2年(1656年)の「楽忠」窯の開窯以後に「楽焼鉢」は始まったと思われます、。それ以前には「楽鉢」は存在しなかったと考えるのが妥当だと思います、。
◆「短冊屋」の開窯は江戸文政年間(1818~1829年)のどこかの時点ですが、当初の短冊屋は茶碗を製作していて楽焼鉢を作り始めた年代は明確ではありません、。幕末(1853年~1868年)の頃だと思います、。

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                                  (鉢所蔵:飛田邦之氏)
by evian_th | 2010-08-11 22:42 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
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