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韓国春蘭「四天王」その2               No.417
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◆2011年10月、。   韓国春蘭「四天王」その2

韓国春蘭「四天王」、棚入れ時の画像、。前スレの続き、。

新潟の蘭商・石綿一二三氏が千葉県の秋坂会長に3回に渡って棚入れした時の「四天王」画像、。(本当は4回だったそうだが、最後に買った小さな2本立ちは枯らしたそうだ)、。
石綿の最晩年に秋坂氏を見込んで合計約1000万で売り込んだのが上に掲載の3鉢、。3本立ち・2本立ち・2本立ちだった、。今から見ると初めは随分派手柄だったように見えます、。これが1995年のことです、。

石綿氏が亡くなる前日、平成8年2月7日に秋坂会長は上の写真から1作した「四天王」(当時はまだ無名)の2鉢を携えて病院に石綿氏を見舞ったそうです、。作を掛けられた「四天王」を見た石綿氏は大いに喜んだといいます、。
その時の石綿氏が話したことには「この蘭は芽の500まで持って行きたいのだ、」そして「名前は金玉満堂と命名したいと考えている、」というものでした、。あ~、これで「四天王」が登場当時「あれは金玉満堂だ、」という噂話の出所がわかりました、。石綿氏が周辺に上記の話を漏らしていた所から出た噂だったに違いありません、。
秋坂氏は「金玉満堂」なんてヘンテコリンな名前は嫌だな、と思ったといいます、。直後に石綿氏が亡くなったので、この時点で秋坂氏が「四天王」と命名したものです、。

「四天王」の名は大阪の「四天王寺」から拝借、。秋坂氏は「どういう訳だか関西方面に魅かれる、」と言って、自分の命名蘭には関西地方に縁のある名前を付けたいのだそう、。
「舞子」は京都から、「飛鳥」は奈良からの思い付きで命名したのだそうです、。「俺の先祖は関西かも知れない、」なんて言ってます、。・゚・(。つ∀≦。)・゚・。

秋坂氏が石綿氏から「四天王」全株を買い取ったのを知った暁華園・小石盛和さんが「この蘭は以前から目を付けていた、。登録の権利付きで全株を4000万で譲ってもらえないか、」と言って来たけど、石綿との「芽の500万」の約束が果たせてないので断り、2000年の展示会の時に、上中木2本1000万、小木(エビアンも見たけど、3センチほどの3枚葉)3本600万で上中木は小石さんが、小木は娘さんが其々購入したのです、。秋坂氏も石綿氏の遺志を実現できたわけです、。

銘蘭「四天王」登場時のエピソードを掲載しておきます、。(画像は、ネットや書籍を含めて本邦初公開)




第24回 全日本東洋蘭秋季美術品評大会
時:2011年10月22日・23日
所:東京・蒲田「プラザ・アペア」2階
主催:全東連



第30回 春蘭秋季全国展示大会
時:2011年11月5日・6日
所:東京 「芝 弥生会館」大広間、(東京都港区海岸1-10-27)
主催:全春連

by evian_th | 2011-10-14 23:13 | 韓国春蘭
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