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富士越龍図七寸万年青鉢                      No.629
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◆2019年12月、。   佐々木松楽窯「富士越龍図七寸万年青鉢」、


令和元年の師走!!!、。
2019年5月1日から元号が変わり「令和元年」の早くも”師走”、。

「富士越しの龍図万年青鉢」、。
令和元年記念として年末を締めくくるのに相応しい大鉢のご紹介、。7寸の大鉢(口径21.7cm高さ21cm)、明治後期の佐々木松楽窯の製造、。迫力がありますね、。

下方に江戸時代後期の絵師「葛飾北斎」の絶筆とされる肉筆画「富士越しの龍図」を掲載しておきます、。「葛飾北斎」は1999年にアメリカ「ライフ誌」で「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」に日本人では唯一人選ばれた絵師です、。「富士山」と「龍」とを組み合わせて絵にした人物ではないかとエビアンは思っているのですが、葛飾北斎によって「富士越龍図」が描かれたのと上掲の楽焼植木鉢が作られたのとの間に60年程度の時間差があります、。

60年の間に江戸での「富士越龍図」の噂は京都まで伝わっていたものと思われます、。構図までが正確に伝わっていたかは疑わしく、佐々木松楽は初め富士山の中腹辺りに龍を重ねて描こうとした形跡が残っています、。それを止めて別個に龍を描き、富士山の中腹の龍図の後には「マフラーのような中途半端な霞か雲か」を描いたのだと見受けられます、。マフラーの両端の処理が中途半端ですものね、。

明治30~40年に京都から陸蒸気に乗って江戸まで行くのに代金はいくらくらい必要だったのか、楽鉢陶工が仕事を休んで富士見物や江戸見物へ行けたのだろうか、とかとエビアンには分からないことばかりですが、明らかに佐々木松楽は北斎の「富士越しの龍図」の噂は聞いていたのだろうと思われます、。

鉢の胴の中央部で下地は変わり、胴体上部は加茂黒地合、胴体下部は白胴塗り残しの上に絵付けを施すという非常に凝った絵付けを施しています、。
見事な七寸の大鉢ですが、植物を入れて展示会に出品されたものを見ると、まるでバケツのような大きさがあることに驚かされます、。見事な出来映えの鉢に見事な絵付けが施されています、。(立岩信彦氏所蔵)

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「葛飾北斎・富士越龍図」、。
肉筆の水墨画(つまり一点物)、。「葛飾北斎の絶筆」の作品とされる、。1849年、90歳で死の3ヶ月前の作品,山裾から沸き立つ黒雲に乗って天に昇る龍に自らを重ねて描いたものらしい、。当然のことながら,白い顔料で龍を描いた訳ではなく,黒い墨で黒雲を描きながら龍の部分を塗り残したのですから、これはもう神業でしょう、。
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この鉢の大きさの感じを分かって頂くのに相応しい展示会出品時のスナップ、。kumasannちゃんが来会して撮影してくれた、。七寸万年青鉢というのは,実際に使用されると「バケツ」のような大きさを感じます、。(緋毛氈を移して赤富士のように写ってます)
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by evian_th | 2019-11-30 21:00 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
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