人気ブログランキング |




TOP写真風来記余剰苗掲示版リンク
以前の記事
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
more...

フォロー中のブログ
東洋蘭風来記奥部屋
東洋蘭 花図鑑 東洋蘭 ...

検索

タグ


楽忠窯楽鉢            No.636
楽忠窯楽鉢            No.636_b0034163_14265578.jpg
楽忠窯楽鉢            No.636_b0034163_14270345.jpg
楽忠窯楽鉢            No.636_b0034163_14270924.jpg
楽忠窯楽鉢            No.636_b0034163_14271695.jpg
楽忠窯楽鉢            No.636_b0034163_14272261.jpg
楽忠窯楽鉢            No.636_b0034163_14272806.jpg
◆2020年6月、。   大阪楽鉢「楽忠窯楽鉢」、


176.png梅雨の季節になりました、。風来記ご常連の皆様、お元気ですか?、。

大阪楽「楽忠窯製楽鉢」、。
口径28.5センチといいますから、ほとんど「尺鉢」に近い大きな鉢です、。この時代の「楽雅亭鉢」にしろ「楽忠鉢」にしろ、現在の三河楽鉢と比べると分厚いですからね、大きくて重さも随分ありますよ、。楽鉢の肉厚が薄くなったのは「厚みが薄い方が早く乾いて良く出来る」と言われ始めた小万年青が流行した明治時代からのことです、。江戸時代の楽鉢は、大きさそれなりの厚みと重さを持っていました、。

楽家二代目常慶の弟・宗味が大坂の堺で「楽雅亭窯」を開いたのが1600年頃のことです、。
その50年ほど後の明暦2年1656年に楽家三代目道入が他界し、それに伴って導入の弟・道楽(別名:忠右衛門)が「楽焼窯元」として大阪の堺で独立し「楽忠窯」を開きます、。
余談ですがエビアンは、「楽雅亭窯」は明暦2年には閉窯していたのではないか、。「楽忠窯」はその跡を引き継いだのではないか、。2つの窯は同じ場所だったのではないか、と思っています、。なにしろこの2つの窯の作品にはそう思わせるほど共通点が多すぎるほどなのですから、。

では落款も無い今月の上掲の鉢を、どうしてエビアンが「楽忠窯の作品」だと思ったのかというと、これはもう「上薬の加茂黒釉の肌を見ての判断で、」ということになります、。
ただ上掲の鉢も「無落款」ですから、「楽忠窯」で作られたことには違いはありませんが、楽忠自身は製造には参加していない鉢で、弟子たちが作ったいわゆる「工房もの」ということになります、。加茂黒釉の掛け方にたどたどしさが見えますものね、。楽忠の兄の道入は、楽家十数代の中でも、その楽の肌の美しさなどから人気ナンバーワンの作品を作ったので、弟の楽忠(道楽・忠右衛門)の腕前も兄を手伝っている内に身に着けた相当なものだったであろうと想像するからです、。更に弟子たちもその楽忠の作業を見て同じ工程を学んだので、似た鉢を創ったであろうと思います、。

1700年前後の江戸時代に直径30センチの大鉢に何を植えて愛でたのかは全く想像もつきません、。300年以上の時間を超えて大切に受け継がれて来たことは喜びです、。口径28.5センチ・高さ25センチ。(西口郁夫氏蔵。撮影も)



楽忠窯楽鉢            No.636_b0034163_14300867.jpg
上画像、1枚目と3枚目が「1の足」、2枚目は真横に近く撮影できているので2枚目へ持ってきましたが「3の足」です、。画像3枚目と4枚目とは鉢の所有者さんの思い入れが強くて、カメラが寄り過ぎなのとカメラ位置が上辺よりも下にあり鉢ヘリの裏側が写り鉢上辺が放物線状にカーブしているので下げました、。カメラはある程度離れて撮影した方が実物感を忠実に写せます、。
楽忠窯楽鉢            No.636_b0034163_14295564.jpg








by evian_th | 2020-06-01 00:03 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
<< 2020 夏の蘭展      ... 浮田楽徳窯・初代と三代目蘭鉢 ... >>



TOP写真風来記余剰苗掲示版リンク

Copyright(C) 2005 東洋蘭風来記 All rights reserved.