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古京楽蘭鉢                         No.621
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◆2019年7月、。   古京楽蘭鉢、


梅雨の真っ最中で、蒸し暑い7月の入りです、。皆さんはお元気ですか?、。

古京楽(多分、福井楽印窯)の蘭鉢、。
写真が明るすぎて、古典の京楽鉢が持つ独特のシットリ感や良さが写せてないように感じるのと、土目土色も実物とは違った感じに写っていると思われ、画像判断からだけで説明文を書くには少し無理があるように感じています、。
この鉢に描かれている「唐草文」をなんと呼んだらよいのかを調べていた時に「先月の網干千鳥紋」を偶然に見付けたのです、。この鉢に描かれている植物は何なのかが分かりません、。それが分かれば「○○唐草文」と書けたのでしょうけど、。三つ葉のクローバーのようなこの葉は何をえがいたものでしょう、。どなたかご存知の方が居られましたらお知らせ下されば幸いです、。

制作の窯元は多分「福井楽印窯」、。台の作りは短冊家に非常に似た上出来の鉢を作る窯元です、。福井楽印窯があったのは京都市山科区ですが、清水寺の直ぐ南側を通る道を東へ回り込むように進むと京都市山科区ですから、まぁ清水寺の東裏側辺りに窯があったのでしょう、。清水寺門前町2丁目にあった佐々木松楽窯とは近所です、。
暖かい感じのする明るい茶色の陶土を使うのが一つの特徴でもあります、。

植物の葉を描くのに使われている顔料は「支那呉須」のように見えます、。「呉須」は普通は磁器に用いられる顔料で、陶器に呉須絵付けはしないものですが、この鉢の場合は、呉須を用いる葉の下地にまず白い磁器質の顔料を掛けて一度焼いた後に呉須で上絵付けしたのでしょう、。塗り残した下地のままの葉が一カ所見えますね、。
「支那呉須」は浙江省で採取されたもの、。江戸時代、多い時には長崎藩(長崎藩というのは無いが、長崎はいろいろな藩が共有していたから、この場合は佐賀鍋島藩かも知れません)などは一度に今の2トンもの支那呉須を輸入しました、。(支那呉須と言う語は古くから使われてきた常用語であって、中国に対する蔑称の意図はありません、。支那蘭・支那鉢も同様です、。名曲支那の夜もそうです、。中国建国70年よりも前から使われたものです、。どうもここ中国の人も見ているようなので、一応説明しておきます、。)

実物は恐らく、もっと深みや時代乗りの良さを持つ鉢だろうと思います、。(西口郁夫氏蔵)

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京都の丸山健氏から、この植物は「柏の葉」の紋様である、とお教え下さった、。
「三つ葉柏」(みつばかしわ)という紋様で、由緒ある土佐山内家の家紋としても使われているのだそうです、。
ですから上掲の鉢の絵柄は「三つ葉柏唐草紋」または「柏唐草紋」と呼ぶのが相応しいと思います、。
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by evian_th | 2019-06-30 15:54 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
三河楽「網干千鳥紋蘭鉢」                    No.620
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◆2019年6月、。   三河鉢「網干千鳥紋」蘭鉢、。(あぼしちどりもん)


三河楽「網干千鳥紋蘭鉢」、
昨秋の柄物展の交換会で購入、。競り台に上っている時から「妙な文様の鉢だなぁ」とは思っていたが買ってみないことには観察もできないから競り落とした鉢です、。植木鉢得意の商人さんもエビアンが買ってしまった鉢をけなす訳にもいかないから「なんともモダンな絵付けの鉢ですねぇ」などと言う、。エビアンの方も「変な鉢を買ってしまったなぁ」と思いつつも手元に置いてました、。

先月5月に使用の万年青鉢の「雲竜図」の周囲を取り囲む「窓」の形の呼び名を探す内に「千鳥文様」のページを見ていて、この鉢に描かれた「教会の屋根をデザイン化したような文様」が「網干千鳥紋(あぼしちどりもん)」という古典の呼び名があることを偶然に発見したものです、。

浜辺で漁網を干す様子をデザイン化したもので、漁網の上空には数多くの千鳥が飛んでいる、という景色を映したものだそうで古く室町時代に遡るレッキとした文様用語をもらっていました、。文様の呼び方が判明した喜びよりも正式名を持つ文様だった事の方に驚きました、。

愛知県三河湾に面した西端などの浜辺では漁業が盛んで干潟も多かったのでしょう、。千鳥も多く群れ飛ぶのどかな漁村風景が目に浮かびます、。三河湾には現在でも東京湾や有明海と並んで「アサリ」の漁獲量日本一という六条潟など有名な干潟も残っており、往時にはさぞ美しい浜辺だったのだろうと想像します、。

それにしても「千鳥(チドリ)」はよほど日本人に馴染みの深い鳥だったようで、古典文様用語にも「波千鳥・浜千鳥・磯千鳥・群れ千鳥」など用語も多く、平安時代から使われていたようです、。まさか先日焼失したフランス・ノートルダム寺院の屋根のような文様にまで名前が付いていた事は驚きでした、。
普通一般には「千鳥紋」を描くときは下方の図の下部にあるように「ひよこ饅頭のようなアジの開きのような」形に描くか、下図・網干千鳥紋の説明画にある「スズメのような風」に描かれるのです、。この鉢には「カモメかカラス」のように描かれていますが、まぁ「千鳥紋」と呼んでもよいと思います、。愛楽園初代・杉浦重平氏はこういう描き方をしました、。

「西端楽鉢」の黎明期に伊藤善之助などから教えを受けた桃源社のメンバーの鉢か、それほど古くない場合は杉浦重平やその世代の作だと思います、。口径11センチ強、高さ15センチ強、。

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by evian_th | 2019-06-01 00:03 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢



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