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浮田楽徳窯三代目万年青鉢          No.652
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◆2021年6月、。     浮田楽徳窯三代目「万年青鉢」、


梅雨の真っ最中の6月の入り!!!,、。今月は発芽の季節ですね、。今年の発芽は早く、例年よりも1ヶ月くらい出芽が早いと思っておかないと手入れを遅くれますね、
コロナウイルスの「集団ワクチン接種」が始まりました、。どうなるのでしょうね、。

今月の鉢は「第2回華幸園展」で展示されていた「浮田楽徳三代目の万年青鉢」、。
風来記始まって以来、窯元判断が難しくて画像を頂いてから10年近くも眠らせたままの画像も多いのですが、今月の鉢もそういう内の一枚です、。京楽鉢なんだけど、明治時代の製作とは思えないほどのモダンさと未使用という妙な取り合わせでは古典鉢の鑑賞上なにか大切なものが欠落した感じを受けるのです、。それが古京楽ではあるけれど窯元の判断に際して非常に苦労した点です、。
祖父の初代浮田楽徳は絵師の出身であったから鉢数寄者垂涎の的の鉢を多く製作しました、。三代目になると陶芸的には上達するのですが、上絵付けに難点が出て来るという難しさがあったのでしょうね、。

エビアンが見た「楽徳三代目鉢」4~5個の中には「割れ」や「にゅう」の入った鉢は見たことが無いほど陶器的には焼きが硬く、この鉢画像も足や縁や鉢底など「台の部分」は実にシッカリ作られています、。「楽徳窯」は台の作りは甘いが絵付けが素晴らしい、という「楽徳窯」の特徴からは離れた鉢になっています、。

16センチ×15センチ、。(第二回・華幸園展示会の出品より、。撮影は園芸JAPAN誌大塚氏、。)

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# by evian_th | 2021-05-31 21:00 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
福井楽印窯蘭鉢          No.651
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福井楽印窯蘭鉢          No.651_b0034163_17224369.jpg
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福井楽印窯蘭鉢          No.651_b0034163_17230782.jpg
◆2021年5月、。     福井楽印窯「蘭鉢」、


五月になりました、。今年の四月は、西日本は比較的気候が良くて太陽を見る日が多かったように感じています、。そのために恐らく今年の発芽は例年に比べて順調に行くような気がしています、。
テレビの天気予報からは関東・北関東・甲信・東北地方の気候がどうだったかが分からないから、そちらの地方については予断は許されない、。何も言えないが、最近は西日本よりも気候が安定しているようなので、今年もほどほどに良い発芽状況になるのではないかと思います、。
気候だけではなくて、近年は中国からの黄砂やその他の飛来物質によって九州から関西地方までの空は晴れている筈なのに曇天のようになる事も多いのです、。

福井楽印窯製楽蘭鉢、。
楽鉢を調べるようになって、楽鉢窯元には大きく分けて2種類の窯元に分かれる事が判明してきました、。即ち・・・
◆「陶工出身」の窯元
◆「絵師出身」の窯元、です、。
元々は陶器作りが得意な窯元と焼き上がった素焼き鉢に絵付けをするのが得意な窯元です、。
「陶工出身窯元」には「短冊家」「手島」「福富」などがあり、「絵師出身窯元」には「浮田楽徳」「佐々木松楽」などがあります、。

「福井楽印窯」は短冊家の作風との共通点が見受けられるところから「陶工出身窯元」と見て間違いは無いのですが、この窯には時々とんでもない秀作があり、出来不出来に大きな開きというかバラツキが見られます、。「五柳」「短冊家」が足元にも及ばない名作品があるかと思えば、とんでもない駄作もあるという窯です、。もしかすると、この「福井楽印」も「浮田楽徳窯」同様に、時代により絵師により作品にバラツキが出ているのかも知れません、。

今月の鉢は、何とも不思議な鉢で、蘭鉢の胴部分で一度搾り、鉢の下部に至って再び広げるというデザインをしています、。このデザインは昭和50年代に茨城県の笠間鉢で作られた鉢に多いデザインですが、古典の楽鉢には珍しい形です、。緑色の顔料で菊花か牡丹を描いていますが、この顔料は「天然緑土(テールベルト)」ではなく、緑色絵の具だと思われます、。
鉢の時代乗りも少なく、製造年が気になる所ですが、「福井楽印窯」自体の存在時代が分からない今は何とも言いようがありません、。
サイズ不明、。(撮影時点での所有と画像撮影は相生園芸センターさん、数年前の撮影です)、。

福井楽印窯蘭鉢          No.651_b0034163_17222133.jpg


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# by evian_th | 2021-04-30 17:26 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
楽徳三代目「花唐草文蘭鉢」           No.650
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◆2021年4月、。     浮田楽徳三代目の蘭鉢、


◆桜花満開の中、4月になりました、。皆様はお元気にお過ごしですか?、春蘭は発芽の季節まで残り少しですから楽しんで栽培して行きましょう、。

◆浮田楽徳三代目「花唐草文蘭鉢」、。
この鉢の画像を貰ってからもう10年間くらいの時間が経過しています、。10年前には「京楽らしいぞ」程度の事しか分からなかった、。古いのか新しいのか、どこの窯元の製造になる鉢なのか、など全く分からず手の付けようもないので「お蔵入り」となっていました、。

まさか10年の後に「窯元や製造年代」まで判明する日が来ようとは思いもよらない事でした、。平成時代が終わる、という予想外の出来事が起きるまでは、。政府から有識者に元号案の提出が呼びかけられ、「楽徳」という言葉が候補として浮かび上がり(もうこの辺でも相当な偶然が重なってますが)、「楽徳」の言葉の考案者が「既に江戸幕末期に楽焼窯元として使われていた」ことを突き止め(普通ならここで諦めて捨てられる運命の筈)、「浮田楽徳窯のその後」まで調べてから仕事を終えられた、。

この人でなければここまで調べてはくれなかったであろうと確信できます、。この件は4年前の3月31日(今日だ)のことでしたが、この人はこの件をtwitterで呟かれた、。まるで導かれるように、半年以上の時間の後の同年12月に選りによってエビアンがそのtwitterを偶然に見たのでした、。(これ、背筋に寒気が走るような話だと思いませんか?)、そこには「楽徳窯」は大正元年に初代が他界したことにより閉窯したとエビアンが勝手に決めていたこととは異なり、「浮田楽徳二代目」が窯を引き継ぎ、大正12年に二代目の死後に「三代目」が窯を引き継いだことまで記されていた、。この「三代目浮田楽徳」以後は楽徳窯は「楽徳」を名乗らず、陶芸の道を歩まれることになります、。現在も血筋と陶芸家の仕事とは続いているようです、。

今エビアンが「古典楽鉢」の窯元調べをしていることを知った浮田秀家を先祖とする浮田家の人々の無念の思いがエビアンに知らせたのかも知れないと、今は思っています、。(小早川秀秋は許せない裏切り者です。関ヶ原の戦の後に秀家に替わって備前岡山城の城主になり座ったからです、わずか2年後には他界しましたが)、。
エビアンが古典楽鉢を調べていて、どうにも窯元名が不明の一群の鉢というものが幾つか存在し、それらが点として在ったものが1本の線に繋がる時の喜びは例えようもありません、。

画像の鉢は「楽徳三代目」の作品です、。未使用に近い状態、。三代目楽徳は陶芸の腕前は浮田三代中随一でしょうが何かが足りないと感じます、。愛好家を引き付ける作品というものは単に鉢としての作りが上手いだけでは魅力に欠け、そこに他の何かの要素が必要だと感じています、。
この鉢は6寸三歩の大鉢です、。だから余計に使われなかったのかも知れません、。大正時代末期か昭和ごく初期の製造、。(口径19センチ、高さ23.5センチ)、。東京・新倉善秀氏蔵、。(10年前撮影時)
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<訂正>過去に2度「園芸JAPAN誌・2016年1月号」と栃の葉書房「にっぽんの伝統園芸Vol.4」とに、「関ケ原の戦い」の後に備前岡山64万石の城主・浮田秀家は加賀前田藩から嫁いだ豪姫と共に八丈島に流刑になったと書きましたが、「豪姫は流刑になってない」ようです、。訂正しておきます、。
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# by evian_th | 2021-03-31 21:00 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
余剰苗■■■8
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■■■余剰苗 No.1、。   「紀の夕映」、。上2本花1、。5枚(36センチ)→新木6枚(30センチ)、。大輪で発色させやすく繁殖も花着きも良い展示会向き春蘭、。今年は8輪も付いたので少し小さいが本来は大輪です、。老花です、花確認後はなるべく早く花を切り取って下さい、。
価格:終了しました

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■■■余剰苗 No.2、。     「対馬大白」、。対馬産の濃緑巨大輪素心、。4本花1本、。3枚(葉先傷みあり20㎝)→4枚(25センチ)→5枚(27センチ)→新木6枚(35センチ)、。展示会向き品種、。
価格:終了しました

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■■■余剰苗 No.3、。     中国春蘭「天一荷」、。2本に芽付き、。4枚(22センチ)→4枚(25センチ)→新芽5センチ、。開花株です、。
新しい中国春蘭・荷花弁新花です、。中国での命名品、。風来記からは初棚割り、。
価格:終了しました

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■■■余剰苗 No.4     日本春蘭「紫紅梅」、。上木4本(花終わりました)、。5枚(3葉ダニ傷あり28センチ)→4枚(26センチ)→4枚(30センチ)→新木5枚(33センチ)、。
価格:終了しました

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# by evian_th | 2021-03-25 00:03 | 余剰苗
手島鉢「霞取りに波千鳥」          No.649

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手島鉢「霞取りに波千鳥」          No.649_b0034163_20541120.jpg
◆2021年3月、。     釜揫手嶋揫二窯「霞取りに波千鳥紋蘭鉢」、


1月と2月では「手嶋揫二窯」の総絵付け鉢を掲載しました、。今月はお馴染みの「波千鳥紋蘭鉢」、
手島窯の製品の三河鉢全体の中での特徴が明確ではないという理由から、見分けが付けやすい「波千鳥紋蘭鉢」ばかりが良く知られ、他の文様は無いように思われがちでした、。1月は資料から、2月は陶土の種類と鉢の癖から「波千鳥紋以外」にも手島窯の製品はあったことが知れました、。

今月3月は手島初代・釜揫手嶋揫二「霞取りに波千鳥紋蘭鉢」です、。
使われている陶土は「西端粘土を主体とした陶土」、霞取りの中には瑠璃釉の点々(七々子)が打たれているところから見て明治30年に手島窯が東京駒込団子坂へ窯を移し「動坂の楽忠」と出会って「瑠璃釉の配合を教えられて以後の作品」だと思われ、明治後期の作だと判断できます、。
三河鉢の中から手島鉢を見分けるには上掲画像7枚目の「足部分」に釜揫独自の曲線が現れている所から判断します、。他にも見分けのポイントは有りますが、まぁ足の曲線だけでも見分けられます、。垢抜けた上品な鉢です、。口径12.3センチ、高さ16.3センチ。(愛知県・杉野達実氏蔵)

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「波千鳥文様」によく使われる「チドリ」と呼ばれる小鳥は、波打ち際で餌をついばむ多くの小鳥の総称で、検索すると「チドリ目」は「チドリ亜目・シギ亜目・カモメ亜目」に大きく分類され、「チドリ亜目」は更に「マゼランチドリ科とチドリ科」に分かれ、更に更に「チドリ科」の中に・・・と細分されます、。「東洋蘭」の中が細かく分かれるのと似て居ます、。ごく一部の写真を下に掲載、。
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手島鉢「霞取りに波千鳥」          No.649_b0034163_20525981.jpg
子供の頃に見た浜辺には「チドリ類」が沢山舞い降りて餌を啄ばんでました、。まさかこんなに多くの種類の鳥が含まれていたとは思いもしなかったことです、。愛知県西端地方には、さぞ多くのチドリが居たのでしょう、。豊かな海ですから、。釜揫・手島揫二が愛した故郷の風景です、。
手島鉢「霞取りに波千鳥」          No.649_b0034163_20530753.jpg









# by evian_th | 2021-02-28 21:00



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