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京楽焼き鉢「五柳絵付け鉢]              No.331
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◆2010年3月1日、。     東洋蘭・京楽焼き万年青鉢「五柳鉢、」

1月に掲載の「五柳鉢」と基本的には同じデザイン絵付けの「五柳絵付け」楽焼き鉢です、。鉢は別メーカー製の鉢を使用してます、。この台は恐らく「短冊屋」製と思われ、。
「五柳オリジナルデザイン」の文様、。五柳寿運さんが仏画由来の文様を描き込んだもので、まさに「五柳寿運の世界」を醸し出していると思います、。
(「伝統の器展」より、。花岡昭治氏所蔵、撮影:立岩信彦氏、)、。

「五柳鉢」について最近の記事は「風来記No.322,2010年1月3日、」(クリック表示)
「東洋蘭風来記・奥部屋NO.766,2010年2月7日」をご覧下さい、。(クリック表示)


大阪東洋蘭会春季展示会
時:2010年3月2日(火)~7日(日)(10:00~17:00)
所:大阪花博鶴見緑地公園・咲くやこの花館
(エビアンと珈琲でも飲みましょ、^^、。)

蘭遊楽座 春蘭展
時:2010年3月6日13:00
所:東京 大森 大林寺


第39回 春蘭春季展示大会
時:2010年3月20日・21日
所:「芝 弥生会館」東京都港区海岸1丁目10-27

主催:全国日本春蘭連合会(全春連)

第25回記念 「全日本東洋蘭春季美術品評大会」
時:2010年3月18日・19日
所:「プラザ・アペア」東京都大田区西蒲田
(全東連)

第24回 中部蘭趣会 春蘭展
時:2010年3月11日~14日
所:名古屋市「ランの館」


第2回 愛知県春蘭合同展
時:2010年3月20日・21日・22日
所:名古屋市庄内緑地グリーンプラザ


播磨愛蘭会第31回 春蘭展示会
時:2010年3月20日・21日
所:姫路市花の北市民広場


三香園 春蘭展
時:2010年3月6日7日8日
所:三香園(香川県観音寺市吉岡町


紀州蘭 友の会 春蘭展示会
時:2010年3月13日14日
所:風土記の森「紀の国文化センター」


寄居春蘭研究会 第24回 春蘭展示会
時:2010年3月20日21日
所:埼玉県寄居町桜沢公民館2F


第2回蕙雲会九華展
時:2010年4月16日17日18日
所:東京 阿佐ヶ谷地域区民センター展示室「ぶらっとりー」


東洋蘭 京都愛好会 春蘭展示会
時:2010年3月21日
所:京都・平安会館

by evian_th | 2010-02-27 00:11 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
京楽焼「五柳鉢、」                    No.327
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◆2010年2月1日、。     京楽焼万年青鉢「五柳、」絵付け鉢

2月のトップ画面も「京楽焼の五柳鉢」、。「五柳鉢」としては第3弾、最初は立岩信彦さん所蔵の「青海波万年青鉢、」、2回目は先月のエビアンの鉢、。で、今回が3回目です、。飛田邦之氏所蔵の京楽焼万年青鉢、「五柳絵付け鉢、」、。4寸程度の大きさ、。
「青海波に雲鶴図、」、。「五柳」の絵付けは大きく分けると、「花鳥風月」というか、デザイン化した背景や雲に鳥の図をあしらった比較的写実性が強いものと、完全にデザイン化された伝統文様との2種類に分類されると思います、。

以前の2回は伝統文様、。今回は写実性の強い分です、。足の間には「青海波」、その上に「雲型」で仕切り、主体はデザイン化された「雲」に写実的な「鶴図」です、。「五柳」の描く鶴には画像で見るように”仰け反った”ような鶴を描くのが一つの特徴です、。しっかりと描き込んである図で、遠目にも華やかさと派手さを持った絵付けです、。(飛田邦之さん所蔵、撮影:華幸園さん、画像修整:エビアン)

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芳華会中国蘭展
時:2010年2月9日(火)~14日(日)(9:30~16:00)
所:東京都調布市「神代植物公園」


世界らん展日本大賞2010(東京ドーム展)
時:2010年2月13日(土)~21日(日)
所:東京ドーム

大阪東洋蘭会春季展示会
時:2010年3月2日(火)~7日(日)(10:00~17:00)
所:大阪花博鶴見緑地公園・咲くやこの花館
(エビアンと珈琲でも飲みましょ、^^、。)

蘭遊楽座 春蘭展
時:2010年3月6日13:00
所:東京 大森 大林寺


第39回 春蘭春季展示大会
時:2010年3月20日・21日
所:「芝 弥生会館」東京都港区海岸1丁目10-27

主催:全国日本春蘭連合会(全春連)

第25回記念 「全日本東洋蘭春季美術品評大会」
時:2010年3月18日・19日
所:「プラザ・アペア」東京都大田区西蒲田
(全東連)

第24回 中部蘭趣会 春蘭展
時:2010年3月11日~14日
所:名古屋市「ランの館」


第2回 愛知県春蘭合同展
時:2010年3月20日・21日・22日
所:名古屋市庄内緑地グリーンプラザ


播磨愛蘭会第31回 春蘭展示会
時:2010年3月20日・21日
所:姫路市花の北市民広場

by evian_th | 2010-02-01 00:05 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
京楽焼万年青鉢「五柳、」               No.322
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◆2010年1月3日、。     京楽焼き万年青鉢「五柳鉢、」

京楽焼き万年青鉢「五柳絵付け鉢、」
この鉢に描かれている半抽象画のような文様を何と表現すればよいのかの判断に困っていたところ、「水野豊明園さんの出版物・万年青の歴史、」に同種類の五柳の絵付け鉢を見つけたので判明、。「草花文散らし、」て風に書き表すのだた、。直径13センチ、高さ12.5センチ
<エビアン注>
この紋様は、後に「雪輪紋」(ゆきわもん)と判明しました、。後の記事には「雪輪紋」と書いています、。



「五柳鉢」の制作年代
については出版物によって様々ですが、鉢の周囲全体にグルリと絵付けをするようになった年代や、「台、」となっている楽焼鉢自体の年代から見て、明治中・後期~昭和初期と見るのが妥当だろうと思います、。

「五柳」なのか「五龍」なのか、という疑問は継続して持ち続けています、。風来記では、万年青界と蘭界に存在する鉢に描かれた「五柳、」のサインと、「五、」と「柳、」の落款とから、「五柳」説を採っています、。今後、「五龍」の根拠となるような資料が出て来れば、その時には考察し直そうと思っています、。

東洋蘭風来記ではエビアンは、五柳さんのような絵付け専門職人を「絵師、」「絵付け師、」と呼んでいますが、陶芸の世界では、「陶画工」と呼ぶのだそうです、。正式には「陶画工」なのでしょう、。
「楽焼鉢」の「足、」に「雲文様」を最初に描き始めたのは「五柳」さんからではないか、とエビアンは思っています、。
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楽焼の植木鉢を調べるには、そもそもの「楽焼」について知らねばならないし、そこから、いつの時代の誰が「植木鉢」を焼き始めたのかが判明するのではないか、と最初は考えました、。ところうが、楽家の初めの頃の資料が実にいい加減で、初めっから話がこじれる始末、。
楽家の初期の頃から「脇窯」として家を出た人も多いし、手代が独立して脇窯を開いたのも多い、。その上、見よう見真似で「楽焼もどき」を焼いた窯元も多かったらしく、最近、京都の窯元跡地で「楽焼のカケラ」様のものも多く発見されている模様です、。
楽家が落ち着き、資料がしっかり残るようになるのは「楽家4代目一入」の頃からなのです、。二代目常慶や三代目道入に出入りし、焼き物の手ほどきを受けていた本阿弥光悦などは、楽家資料では「脇窯」となっています、。ところが、日本の国宝は1034件あり、そのうち陶磁器はわずか14点、。この14点のうち9点は海外の物で、日本で作られたものは5点に過ぎず、この5点の内に楽焼が1点あるのですが、この作者が本阿弥光悦なのです、。楽本家のものは国宝には選ばれていません、。
ずーっと調べて行ったのに、何だ?こりゃ、て壁にぶつかります、。

想像や予想を入れずに資料からの事実だけを頼りに、今後も調べるつもりですが、かなり早い段階で、「おちゃわん」以外の楽焼は焼かれていたという感触を得ています、。
「楽焼の食器」は当時、あまり人気の高い陶器ではなかったと思われる点なども考慮の対象です、。「植木鉢」という言葉がいつの頃から使われ始めたのか、というような事から考えています、。「鉢」は果物や菓子の入れ物のことで、植木鉢は中国では「盆」、日本の盆栽界でも「花盆」と呼ばれたので、この点にも注意しながら見ているのですが、今のところ、そういう記述には出会っていません、。
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◆楽焼植木鉢のルーツ
京楽焼の始祖は、渡来人阿米也(飴也・飴屋)という人で、この阿米也には唐人(中国人)説と朝鮮人説との2つの説がありますが、朝鮮人説は1700年代に書かれた「楽焼秘囊」「楽焼代々」に取り上げられていて、本の時代が浅く根拠に乏しいので、現在では中国南部地方の人という説が有力です、。
中国南部、福建省の辺に「交趾」の一種で「華南三彩」という焼き物があり、これと楽焼との共通点が多いので、阿米也は福建省近辺の中国人であっただろうというのが信憑性の高い説になっています、。
言われてみれば、我々の知る範囲で楽焼に近い質感を持った中国鉢は、交趾鉢が最も近いと感じられます、。「楽焼鉢」のルーツは(鉢の中で探すなら)「交趾鉢」ということになるようです、。
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<エビアン注>
上掲の画像の内、下の「短冊家自家絵付け鉢」としているのは、後に「三河鉢」と判明しました、。画像が2連のために削除できませんが、下の鉢は「短冊家」ではありません、。「三河」です、。


「五柳」絵付け鉢と「短冊屋」オリジナル高級錦鉢
上画像は、前にご紹介した立岩信彦氏所蔵の「五柳絵付け鉢」、。下画像は、「短冊屋」のオリジナル錦鉢、。
「台」の鉢は両方とも「短冊屋鉢」ですが、「高級絵付け鉢」といっても、これだけ製品の出来栄えが違えば「同一窯」の製品としては通用しなかっただろうと思われます、。(皆なが五柳鉢の方を欲しがったでしょうから、)、。

これが、風来記が、「五柳」は短冊屋の従業員だったのではなく、「独立した絵師(陶画工)」だったとする根拠です、。「絵師の暖簾を背負う、」からこそ、描き込まねばならなかった、というのがBBS・kumasanちゃんの質問に対する答えでもあります、。
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◆2008年4月、。
「五柳」鉢の語源となった実在する万年青鉢、。七寸くらいの大きさ、。(使用許可はもらってますが、借り物写真なので、ド派手にロゴをいれさせてもらいました、。見難くて済みません、)、。
(2008年4月、スレッドNo.161の再掲載画像です、。「芳古園主・五柳寿運のサインと「五」と「柳」(木へんは上に乗って、下に「柳」の右半分があります、)の落款」が読み取れます、。
by evian_th | 2010-01-23 11:45 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
京楽焼万年青鉢(明治初期)              No.317
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◆2009年12月、。    師走   明治初期の京楽焼万年青鉢

「師走、」、。早いもので、もう12月、。
今年も沢山の御訪問をいただき、1年間「東洋蘭風来記サイト」を運営させて頂けました、。御礼申し上げます、。

一年の締めくくりは「明治初期の楽焼万年青鉢」です、。
京楽焼の茶器(お茶碗)を思わせる加茂黒釉薬の肌、。手に持つとシックリと馴染みます、。エビアンが20歳代に師匠の竹島健太郎から購入したもの、。初めて買った「楽焼き鉢」です、。
資料から判断すると、明治の初めの手描き本に中型の万年青が植わった挿絵が出てきますので、明治初期に使われていた楽焼き鉢の一つの形だと思われます、。江戸末期頃から使用された形かも知れません、。
明治中期の頃には小万年青の流行とともに姿を消します、。
この後、明治10年過ぎには「小万年青」が流行り始め、万年青鉢は、胴部分が細くなり、猫足が大きくなり、ヘリのツバ部分が大きく広がって、現在の万年青鉢に近付きます、。(このことは、必ずしも断言できず、同時進行で同じ時期に胴が細い万年青鉢があった可能性を排除できませんので、今後の資料によって判断したいと思います、)、。幕末から明治初期は万年青の流行の変化に伴って「楽焼き鉢」の形が大きく変化した時期でもあり、旧型と新型とが入り混じった時期でもあります、。画像の鉢は「古典の様式」(デザイン・製法ともに、)を踏襲した形です、。明治中期以降には、この形の鉢は見られなくなります、。

画像撮影と修正には苦労しました、。結果として、エビアンのコンパクトデジカメでは、コールタールを塗ったように黒々テカテカと光り、渋さは消え去り、この鉢の持ち味を写せませんでした、。鉢内側、釉薬が鉢内側へ落ち込む所の辺に実物の光沢が写せているかと思います、。
画像の鉢は、直径17センチ、高さ13センチです、。
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<日本の陶芸史に於ける植木鉢の位置づけ>
◆人間にとっての100年間という時間は大変な時間ですが、焼き物にとっての100年間というのは左程たいした時間でもなく、「楽焼き鉢の歴史」を調べるのに、「楽焼きお茶碗」の方向から調べることの限界を感じ、「日本の焼き物史」の方向から調べようと決め、見てみると・・・

日本三大お茶碗(三大焼き物)は、「一楽、二萩、三唐津、」と言われますが、一方、「日本六古窯」(にほんろっこよう)と呼ばれる「瀬戸、常滑、信楽、越前、丹波、備前、」には、楽も萩も唐津も含まれていません、。
これは「六古窯」を切った時期が時間的に古く、唐津はともかく、楽焼などは新しい焼き物なので「六古窯」には含まれなかったようなのです、。

京都や江戸は、昔から人口が多く、従って消費も多く、消費地ではあっても生産地ではなかったことに依ります、。
「京楽焼」など京都の焼き物が(窯元が)盛んになったのは、今からせいぜい400年前の安土桃山時代以降の事らしいのです、。その「400年間の京都での窯元」の数だけを見ても、雲華焼・頴川焼・木野村焼・道八焼・仁清焼・粟田口焼・・・・・・と、実に50窯を遥かに超え、中には、ある地域全体の窯の総称で呼ばれるものもある始末で、この方向からの調べにも限界があることを痛感しています、。

「京都の焼き物」は総称して「京焼」と呼ばれ、その内を更に、磁器は清水焼と呼ばれ、陶器は粟田(あわた)焼と称されます、。我が「楽焼」は、「粟田焼」の一部に過ぎなかったのです、。(京都大学のある吉田山から粟田口の一帯は、平安京の”刑場”だった場所として知られます)、。

膨大な資料に基づいて、このような「日本陶芸史」を纏めて居られる高名な陶芸家の先生でさえ、読者から「日本の植木鉢の話が出て来ませんが、植木鉢の歴史を書いて頂けませんか、」という投書だかメールだかがあって、植木鉢」の事は全く分からず、「どなたか、植木鉢の事を書いた本やサイトを御存じでしたら教えてください。植木鉢の事を何でも構いませんから教えてください、」と書いておられる始末で、この「日本陶芸史」の方向からの調べも期待出来そうにありません、。

ことほど左様に、「日本での植木鉢、」というのは、歴史の闇に隠された分野なのです、。「楽家」の資料からも、あえて消し去られている様子がうかがえ、脇窯が何を作っていたかという記述は出て来ません、。焼き物の裏街道、というか、植木鉢というのは本来が下手物で、過去には調べられた事も無いようです、。
またまた大きな壁に突き当たりました、。地道に過去の資料から調べて行きます、。今後ともの御支持をお願いします、。(エビアン。。。)
by evian_th | 2009-11-30 02:43 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
明治時代「青海波文様万年青鉢」            No.312
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◆2009年11月1日、。    明治時代の「青海波文様万年青鉢」

チョッと見に分かりにくい鉢、。明治時代初期~中期に使用された鉢です、。未使用なので時代乗りが無く、青海波の色が鮮やかなので新しいように見えますが明治中期までのものです、。
「自然と野生ラン・2009年11月号・65ページ」に同じ窯元の小さめの鉢が掲載されていて、そちらは使用されていたので時代乗りがあります、。画像の鉢は4.5号くらいの大きさです、。
「青海波模様」を描いた顔料は、瑠璃釉薬や支那呉須ではなく、江戸末期1830年頃から輸入され始めた「化学合成呉須釉薬」だろうと思います、。当時としては高価な支那呉須や瑠璃釉薬に代わる最新流行の釉薬だったでしょうから、。黒い部分は加茂川真黒石、生地の陶土は京土です、。轆轤跡も綺麗に見え、丁寧に作られています、。デジカメ画像処理上、青海波の色が薄く写っていますので、このページ下に余裕があれば、実物に近い色の画像を掲載します、。


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「青海波模様」は大体この程度の紺色鮮やかな色です、。イッチンとも筆書きとも見えますが、平筆で描いたものだと思います、。
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明治17年出版の手書き本(タイトルを書いた表紙の紙が取れてしまっているのでタイトル不明、)に掲載の挿絵、。このようなデザインの鉢が明治17年までには製造されていた事が分かります、。
by evian_th | 2009-11-01 00:12 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
京楽焼き鉢蘭鉢「實山鉢」                No.309
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◆2009年10月、。   京楽焼き蘭鉢「實山鉢」

京楽焼き春蘭鉢「實山鉢」、。これがまた分からない鉢なのです、。「一水鉢」と同じルートで手に入れた鉢だと思うのですが、その商人に聞いても知らない、実態が全く不明の絵師による鉢、。
落款は「實山」と読めます、。「桜の絵付け」が多い鉢です、。展示会映えがし、豪華さも兼ね備えた絵付けをする人です、。この鉢について御存じの方は、詳細をお知らせ頂けると、ありがたいと思います、。

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展示会情報は必ずしも日付順に並んでいませんので、ご注意下さい、。
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2009東洋蘭総合大展示会
時:2009年10月23日・24日・25日
所:東京上野グリーンクラブ

播磨愛蘭会・第30回記念・寒蘭展示会
時:2009年11月21日・22日
所:兵庫県姫路市花の北市民広場

寒蘭展示会
時:2009年11月3日
所:京都・平安会館(1階・金閣)

蘭遊楽座展示会
時:2009年12月5日午後1時
所:東京大森・大林寺
by evian_th | 2009-10-16 11:33 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
楽焼鉢蘭鉢「一水鉢」                  No.307
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◆2009年10月、。    東洋蘭鉢・楽焼蘭鉢「一水鉢」

先月に続いて、近代作家の鉢をご紹介、。
現代の絵師の中で有名なのは、千葉県の布施覚氏ですが、東の「布施鉢」、西の「一水鉢」と呼ばれる鉢があります、。
山口県の万年青業者である「一水園・渡辺孝志」氏の絵付け鉢です、。万年青業者でありながら、京楽焼・蘭鉢・万年青鉢の絵師として有名な人、というか、渡辺孝志氏の名前を知らない人にも、その絵付けをした「鉢」自体はよく知られています、。布施鉢が一分の隙もない絵付けなのに対して、「一水鉢」(渡辺鉢)には少しの隙があり、これが展示会用の蘭を入れると実に映える、という不思議な力を持っているのです、。ご紹介したのは「唐獅子図」の鉢ですが、多くは「緑釉」を鉢全面に塗った上から草木などのイッチン絵付けを施した「静かさ」を感じる鉢です、。20年ほど前から蘭界でも多く目にするようになりましたが、現在もなお製作されているかどうかは不明です、。台として使われる鉢には「楽焼太鼓胴鉢」が多いのも特徴です、。
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by evian_th | 2009-10-04 00:03 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
東洋蘭鉢「龍山鉢」                    No.306
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◆2009年9月、。     京楽焼き東洋蘭鉢春蘭鉢「龍山鉢」初代

初代「龍山鉢」、。加茂黒釉薬を使った愛楽園重平鉢を台にして絵付けした「雲鶴図楽鉢」、。
鉢上部などに古典の図柄を忠実に踏襲した「龍山」初期の頃の鉢、。(胴部分の挟み痕や落款は以前の鉢のスレッドにあります、昭和30年頃の鉢、)、。
by evian_th | 2009-09-30 12:02 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢
杉浦重平さんの楽焼鉢                  No.305
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◆2009年9月、。   愛楽園先代杉浦重平さんの楽焼鉢波千鳥

楽焼鉢を調べ始めた頃、「手島鉢」の中に、特に波千鳥文様に数種類の描き方があって混乱したものです、。
「手島揫二鉢」の大体は調べ終わっているのですが、「千鳥、」の描き方が普通には手島鉢では「アジの開きの干物、」のような形なのに、「子供が描くカモメ、」のような形の鉢があって、ここの謎が残ったままでした、。

今回、風来記常連さんが「愛楽園」当代から直接、「先代の鉢です、」ていう万年青鉢を入手されて、この謎が解けたので掲載、。あの「波カモメ、」は重平鉢だったのでした、。(鉢所蔵・撮影:杉野さん)
by evian_th | 2009-09-25 02:27 | 東洋蘭鉢・楽焼鉢・古鉢・ラン鉢



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